第2章 村落で恋の予感

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「うん。別にさ、電車に毎日乗りたいとか言ってるわけじゃないから。ただTVで映像見たり、こうやって写真見てるだけでもいいんだ。新しい車輌の情報とか見てると楽しい。…でも確かに。こんなのオタク趣味だよね」 これまでいろいろ言われて来たのか。明らかに気の引けた口調で小さく呟く。 「いや全然まともな趣味だと思うよ?うちの父も。以前好きな鉄道会社のカレンダー、わざわざ買って自分の部屋に貼ってたし」 はた迷惑な暴走した撮り鉄とかならともかく。好きな電車の動画や写真を見て楽しむ、って普通に誰がやってもおかしくない行為でしょ。 だけど、確かに。村の中だと鉄道なんて身近なものじゃないから、そんなのに関心ある人はかなりの異端なのかな。と思い当たり、やや気後れした顔つきでぼそぼそと自分の趣味を打ち明ける岩並くんをそこでちょっと気の毒に思う。 これまで結構、そんな何でもない趣味のことで周りからやいのやいの言われて来たのかな。 それでみんな、何処に行くにも割とつるみがちな村の子にしては珍しく。そっと人目を逃れて一人で街の本屋まで訪れる癖がついたのか、と思うと何となく腑に落ちた気がした。 「でも、もう少し足を伸ばせば普通に電車走ってるとこあるし。別に全然手の届かないものじゃないから。冬休みとか春とか、長期の休みに思いきって旅行とかしてみてもいいしね。岩並くんのやり方で、何か鉄道との接点を持ってもいいんじゃない」 例えば、村の外に出て。鉄道会社に就職するとかだって、全然可能なわけだし。…この先のことを考えると。いくらでも、夢を実現する道はある。 けど、そこまで初対面で差し出口を挟むのはさすがに自重した。村の人は大抵、外に出て行くって仮定に対してあまりいい顔をしないから。 彼もまた、そんな将来の可能性はまるで思いも及ばない。って様子で納得したように頷いた。 「そうだね。思いきってお金貯めて、旅行くらいなら…。今から工場とかスーパーでバイトして。来年の夏とか目指して旅費貯めておこうかなあ。映像とか写真でしか見たことない列車にほんとに乗れたら。めちゃめちゃ感動するかも」 追浜さん、新幹線乗ったことある?と目を輝かせて尋ねられて、修学旅行で一回乗ったよ。と正直に受け応える。そんな風に無邪気に弾んだ声で会話しつつ、村に来て初めて外の世界に興味を示す子に会った。やっぱり何処にでもそういう人は多少なりともいるのが当たり前だよな、としみじみと感じ入りながら暮れ始める山の景色に目をやった。 わたしと彼は学校でも顔を合わせれば普通に言葉を交わすようになった。 別に知り合いであることを隠す必要もないし。幸いなことに村では、異性同士が仲良くしてるのを殊更にからかったり冷やかすっていう風潮がなかった。思うにごく幼少の頃から男女入り混じってみんながきょうだいのように育つから。異性だからっていちいち恋愛と結びつけて考えるって習慣がないのかもしれない。 「最近、柚季ちゃん誉と仲いいね。何それ?漫画?」 お互い貸し合った漫画が面白かったから、返すときにまたさらにその先を渡す。という儀式を授業の合間の休み時間に教室を訪ね合って済ますと、側で見ていた長野美憂が興味津々な顔つきで尋ねてきた。もっとも興味の対象はわたしと彼の関係じゃなくて、その袋の中身だったみたいだけど。 「これ。…少年■■で連載中のやつ。わたし読んだことなかったから。岩並くんは全巻持ってるらしいんで。試しに貸してもらったの」 「こっちは何?…あ、これ知ってる。前からちょっと読んでみたかったんだぁ。柚季読んだ?どうこれ。面白い?」 わたしが貸して彼からたった今返ってきた1〜3巻を試しすがめつ見ている。 「面白いよ。来年アニメ化する予定らしいし、人気もあると思う。よかったら持ってく?それはわたしのだから、このまま貸せるよ」 「やったラッキー。大事にきれいに読むね」 「え、なに何?マンガ?」 やり取りを聞きつけて綺羅や他の子も寄ってきた。 こうやって、わたしと岩並くんの貸し借りがきっかけでしばらく一年生の間でいろんな漫画を貸し合って読むのが流行った。みんなそれぞれ自分の持ってるおすすめをこっそり学校に持ってきたりして。 だけど、わたしと彼の間ではさらに小説とか。鉄道番組を録画したDVDや、好きな画集なんかがやり取りされるようになっていった。 その何もかもがお互いの趣味にぴったり合うとは限らなかったけど。 それでも、へぇあの人こういうの好きなんだ。と思えば何となく興味深く感じる。少しずつ影響され合って、自然とわたしもTVで鉄道番組をやってる時はつい観る。とか、彼の方もいつしかミステリ好きになる。とかの変化が生じつつあった。 「誉と何だか気が合ってるみたいだね。趣味とか合うの?割と、大人しくて真面目な普通の子だと思うけど」 いつものように並んで帰ってるときに、ふと思い出したような口調で綺羅からそう訊かれた。 帰る方向が一緒の面子の中で、わたしとこの子が道筋の関係でいつも最後に二人になる。たまたま思い当たったみたいに切り出したけど、他に誰もいないときにあえて話題にしたのかな。とその瞬間ちょろっと頭に浮かんだ。
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