第1章 村へようこそ、新しい血

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『だったらちゃんとそれなりに努力すれば?どうしても田舎の村を出たい、都会で暮らしたい。って希望があればそれを原動力にすればいいじゃない。環境が整わないと達成できないんならそれはそれだけの熱量だったってことでしょ。今どき勉強なんて、ネット環境がありさえすればどこでも条件は変わらずできるわけだし。住んでる場所は言い訳にならないよ』 さすが。機能不全家庭に生まれ育っても両親と縁を切ってまでして、自力でバリキャリの地位を築き上げた経歴のある人はやっぱり言うことが違うね。弱者の気持ちなんか初手から理解する気もあるはずない。 それでも、彼女の言ってることはわからないでもなかったし。リアルに考えたら、母親の新しい夫であるってだけの繋がりの見知らぬ男性と同じマンションの一室に転がり込んで居候させてもらうのは、こちらだって気が進まないのも確かだったから。 結局は大人しく父親の転居に従ってど田舎についてくことになった。別に山奥の村に住んだら生命をとられるってわけでもないし。 永遠にそこから出る術もなく封じ込められることだってないはず。高校さえ無事に卒業できたらいくらでも出てくるルートはある。あのときの母のあの口振りなら、例えわたしの進学先が東京の最難関レベルの大学じゃなくても、親の責任として学費や一人暮らしの生活費の一部くらいは援助してくれる気はありそうだ。 まあ、そこは父だって。もちろんわたしが頑張って都市部の大学の合格を勝ち取れば、それでもこの土地にどうしても留まるようにとは。いくら何でも普通の常識から言って、無理強いしてくるはずはないんだけど…。 「きっと自分の目で実際に見てみれば気に入ると思うよ、柚季だって。僕は何度か事前に引き継ぎや引越し準備で現地入りしてるけど。今どきこんないいところあるんだ、緑がいっぱいだし山は奥深くて神秘的だし。本当に空気が澄んでて清々しいところだなぁと思ったからね」 「まあそりゃ。…日本の国土は全体の3分の2が。森林地帯だから…」 緑が多い土地なんて、むしろ栄えてる市街地より実はだいぶありふれてるんですけどね。人が住める場所、住みやすい里山って限定すると確かに。そんなにめちゃめちゃ一般的ってわけでもないが。 自然に溢れてて空気がおいしいってだけじゃ、現代の高校生に訴求する要素としては充分とは言えない。旅行で来るんならそりゃ、大歓迎だけどさ…。 「でもさ。村のくせにちゃんと地域内に高校あるんだね。ちょっとそこは意外だったな」 ふと心に引っかかってた疑念を思い出して口にする。 「分校扱いとはいえ、結構県内じゃ有名な高校の系列だよね?本校の校舎で転入試験も受けさせてもらえたし。割に外から入ってくる人材に対してウェルカムなのかな、対応が。それとも駐在の警察官の関係者だから。多少は特別待遇してもらってるの?」 「いやまさか。別に上から何か言ってもらったってことは。全然ないよ?」 前方にしっかり目線を据え、ハンドルを握りながらあっさりと答える父。まあ、そりゃそうか。ただの一駐在員の異動なのに。わざわざ警察組織の上層部が高校生の娘も一緒だからよろしく、とか口添えしてくれるとか。そこまで親切とは思えない。 だとしたら勝手に向こうが公務員に対して先回りして忖度してくれてるのか。でも、だとしても。そもそも受け入れ可能な高校が村の中にあること自体が珍しいような気がする。 偏見だけど。日本の奥地の山村とか、閉鎖的でよそ者に対して厳しいってイメージだった。 けど公立の小中学校はともかく、それに加えて村内にわざわざ私立の有名高校の分校を招致してるってことは。若い人が増えるような政策をあえて積極的に取り入れてるのかな、って印象を受ける。だとしたら別によそ者は絶対来るな。ってスタンスでもないのか…。 「村の人口がどのくらいかは知らないけど。そこで生まれ育った子どもだけで高校が成立するほどの人数はいないよね、普通に?いくら名の通った学校の分校とはいえ、そこよりもっと上のレベルを目指して中学卒業したら外に出て行く子だっているはずだし。そしたら、足りない分はむしろ外から入ってくる子をどんどん受け入れて枠を埋めてるのかな?□□学園卒って名乗れますよ、ってアピールして。寮とか完備して村の若者人口増やそうとしてる?」 それはそれでアイデアかも。けど、それでもあえて山村のど田舎の学校を進路に選ぶのって。普通に考えたらハードル高い。 実際、バブル期にキャンパスを郊外に移転させる大学が続出したけど軒並み偏差値が激下がりして、結局みんな都心に戻っていったはず。緑いっぱいの環境で気が散るものがないから勉学に集中できるよ!なんて。当の若者にはそんな売り言葉、全然訴求力ないのはまあ。…だろうなってなるよね。 結局そういう分校なんて、来るのは地元で問題起こした子とか。引きこもりが親の手で強制的に放り込まれたケースとか。そんなのしか思い浮かばないし…。あとはスポーツ推薦とかかな。チーム組めるほど人数いないだろうから、個人競技なら何とか。 なんか結構校風荒れてそう。とため息をついたわたしに、父はハンドルを巧みに操りながら平然と受け応えた。
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