第1章 村へようこそ、新しい血

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「いや、転入手続きのときに校長先生や教頭先生と話したけどね。在学生はほぼ村出身の地元の子ばっかりだって。村の外から来てる子もいるけど、その生徒さんたちも周辺の市町村から通学してきてるらしくて。寮みたいなものは全然ないみたいだよ」 「え。…それでちゃんと、人数集まるの?」 よくわからない。村って、一般的にどれくらいの人口だっけ?しかもお年寄りばっかで若い人や子どもはほんの少し。ってのが大概、現代の日本の村落のパターンだと思うけど。 父親は転入してくるに当たってさすがに少しは調べてきたらしく、運転に集中しつつてきぱきと答えてくれた。 「村って、法律上の人口の規定はないから。県ごとの規定で町の条件を満たさない規模の自治体が自動的に村ってことになるみたいだよ。でも、あの村はそもそも町に昇格したいって考えがないようだね、住んでる人たちも。何でも今のままでもだいぶ出生率が高くて、人口に占める子どもの割合も多い。若者の定着率も高くて、成長したのち外に出ていく子もさほど多くはないらしいね」 「えぇ?…一体何があるの、その村?」 父親は平然と喋ってるけど。それを聞いたこっちの方がむしろぎょっとする。 「だって。さすがに大学とかはないんでしょ?それに仕事だって…。村落の中にみんなが食っていけるほど充分な職があるのかなぁ。もしかしてみんな農業?それとも観光?何かすごく珍しくて、超高く売れる特産品があるとか。…それくらいしか。奥地の山村で大勢が豊かに暮らせそうな生業なんて思いつかないけど」 成長して大人になってもほぼみんながそこに定着して働けて生活していけるって。今どきちょっと考えられないでしょ。一体どんな理想郷なんだ、その村? 父親は大きくハンドルを切ってカーブを曲がりながらこともなげに返してきた。 「大学はさすがにもっと都市部とか。県外に出る子もいるんだろうね。確かここから一番近い市にも、小規模だけど割と歴史のある大学があったし。でも進学で外に出た子も、卒業すると結局ほとんどが地元に帰って来るらしいよ。つまりはそれだけ生まれ育った人にとっては居心地よくて住みやすいってことなんじゃないかな、あの村が」 「…職が沢山あって栄えてるから。って理由じゃなくて?」 何となく、その表現から受ける感じだと。仕事があって食べていけるからみんなそこに戻って来るというより、村で暮らしてそこで骨を埋めたいから定着する。っていうように聞こえるんだけど。 おそる恐る確かめるように尋ねたわたしに、父は半ば運転に気を取られた様子で適当な口調で答えた。 「さあ?…でも、聞いたところによると。確か村にいくつか、中堅企業のメーカーの工場を誘致してるようだから。…それがあるから人が増えた、って言い方じゃなくて。ここなら常に安定して人手を確保できるからって理由で企業の方で話を持ってくるって言ってたような…。農業はあるにはあるけど、山地だからね。大規模に展開はできないだろうし」 「ああ…、段々畑とか」 わたしは曖昧に頷いた。確かに。 ああいう形状の土地って、機械を入れるのが難しいから人手に頼るしかないんじゃなかったっけ。森林の合間に拓いた畑や田を耕して自分たちの食べるものを作るのに加えてプラスアルファ程度か。主産業とするには足りなさそうかも。 「じゃあ、工場が来る前はみんなどうやって暮らしてたんだろ。風光明媚な土地だってことなら、観光?」 「それもあんまり盛んってわけじゃないらしいよ。観光客も滅多に来ないから、住民が外部の人と接触してのいざこざや事件もほとんどない、って引き継ぎのときに聞いたな。…僕たちだって、これまでずっと同じ県内に住んでたのに。あの村の名前ってほとんど耳にしたことなかったろ?」 言われてみればそうだ。わたしは得心して同意した。 「そうだね。…水鳴村、か。そんなにいいとこで観光地としても有名なら。これまでわたしたちが一度も名前を聞いたこともないなんてこと。あるわけないよね…」 そう言ったのはわたしだけじゃなく、父も母も双方この県出身の生粋の地元民だから。それぞれその前の親の代から在住で一度たりとも県の外に住んだこともない、と聞いていたので。まるでその名を耳にしたこともないこんなマイナーな地域が同じ県にあったのか、と新しい発見をした気分だった。 そもそも土着とは言っても父母ともにこれから赴く地域とは反対の、県南部の出身。父親の両親はわたしがまだ小さい頃に相次いで亡くなってしまったが、二人とも県で一番栄えている政令指定都市の○×市で生まれ育ったらしい。だから必然的にわたしも、地方都市ながらそこそこ賑やかなその街の出だ。 一方母の出身地はというとこれから赴く山村ほどじゃないが、南部ではまあまあ田舎扱いの中途半端に不便な地域だったらしい。けれど生家の家族や生まれた土地と既にすっぱり縁を切ってしまってた母は、県の中では一番栄えてる政令指定都市から絶対に離れようとはしなかった。 田舎が嫌いってことだけじゃなくまあ、自分の仕事の都合でもあったんだろうけど。それもあってか頑として父の異動にはついて行かず、結局はこうして離婚にまで至ったわけだが…。
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