第1章 村へようこそ、新しい血

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母の方は性格的にドライで土地に愛着があるというより仕事や生活の都合で住む場所を選択してる、といった様子だが。父の方はもっと情緒的に自分の生まれ育った県を愛して誇りに思ってるきらいがある。 「県の中でも栄えてる街はどれも、首都圏と較べても遜色ないくらい充分都会で何でもあるし。その一方で自然いっぱいの風光明媚なスポットも盛り沢山で、両方のバランス取れてて実際いいところだよ。ここじゃ足りないってものはほとんどないから。よその県よりもだいぶ恵まれてるよね」 …そうかぁ? 不足を感じないのはこの人が単に東京とかの本気の都会に住んだことがないからでは。比較対象を経験せずに想像だけで結論を出すのは違うんじゃないかな、とそれを聞いて内心では思ったけどいちいち口には出さなかった。 この歳になった父に今からでも東京か大阪にでも一回くらいは住んでみれば。とか提案しても得るものはないし。 それにわたし自身も、どうしてもいつか上京したい!って切実に願ってるってほどのことはない。ただ、そこそこに便利な普通の街に住みたいなぁってごく平凡なささやかな願いを抱いてるだけで。 自分は特別上昇志向が強い方だとは思わない。 でも、山奥の生まれた土地に満足してる、お互いを隅から隅まで知り尽くした者同士が和気藹々と暮らしてる閉じた山村はいくら何でも極端が過ぎる。わたしは人混みに埋没できる程度の素っ気ない、他人との繋がりの少ない場所がいい。…今は渋々と親の都合に従って移住するしかないとしても。 いつかはまた、もっとありふれた住宅地と凡庸なチェーン店に溢れた市街地のある場所へ。日本中どこへ行っても似たような街、取り立てて特徴のない金太郎飴みたいな都市へと自立して舞い戻ってやる。 …だけど。いざそう心に決めてやや敵対的姿勢で村の高校に乗り込んだわたしは、そこで出くわした人たちのごく穏やかで友好的な態度にすっかり困惑する羽目になった。 「おお、遠いところをお疲れ様ですね。…どうですか、水鳴村は?もういろいろと見て回りましたか?」 村に到着早々、父と一緒に訪ねた分校の校長室で。わたしたちを出迎えてくれた校長と教頭先生は、にこにこと笑みを湛えた表情で親しげに話しかけてきた。 「いえ、それがまだ。…たった今着いたところなんです。まずは真っ先に学校へご挨拶に、と思ったので…」 教師とはいえ初対面の大人。言葉遣い、これで大丈夫かな。とどぎまぎしながら何とか受け応えた。父は後ろに控えてくれてるけど、小中学生のときと違い今のわたしは高校生だ。 一応初日に親に付き添ってもらってはいても、さすがに受け応えくらいは自分でしなきゃならない。って考えてばきばきに緊張して気張って答えてるわたしに、温厚な態度で気さくに接してくれた。 「そうですか。まあ、いくらでも時間はありますからね。おそらく今日これから知り合うクラスメイトの誰かが、お節介で村内をいろいろと案内して回ってくれると思いますよ。何というか、うちの学校の子たちは。…その、フレンドリーでね。追浜さんがそういうノリがあまり苦手じゃないといいんだけど」 得意とは言えないです。 そう口にはできないでいるわたしを見越してるのかどうか、校長先生は親切に付け加えてくれた。 「あんまりぐいぐい来られても無理だからもう少しそっとしておいてほしい、って感じたら遠慮なく相談してください。でも、みんな悪気があるわけじゃないんだよ。外から入ってくる転校生はほんとに珍しいからね。今の在校生はみんな、村の中在住かあるいは近隣の町から通学してくる自宅生だけだから」 「**社の工場があるって聞きました。そこの従業員さんが転勤で来るとかは。あんまりないんですか?」 ふとさっきの車内での会話を思い出して何の気なしに尋ねる。 他にももう一つ、別の企業の工場も誘致されてたはず。それぞれ本社はもっと都市部にあるし、配置転換で社員の異動があっておかしくないと思うけど。 高校生の背伸びした大人びた質問、と思われても仕方ない生意気な台詞だったかもしれないけど。特にそこに引っかかる風もなく横から教頭先生が大真面目な口調で答えてくれた。 「うーん…。基本的に、村の人口を以てすれば採用人数は充分事足りるからね。よその土地からあえてここを希望する、っていうんでもない限りわざわざ外から人を補充する必要もないみたいだね。工場長とか本部長とか、監督者の方が配属されて来ることはあるようだけど。単身の場合が多いのか、就学年齢のお子さんを連れて来られたのは。僕の記憶の限りでは見聞きしたことないかな」 「じゃあ、うちのケースは珍しかったんですね。すみません、イレギュラーなことで。何分単身赴任しようにも。この子を独りで置いてくることになってしまうので…」 やり取りを聞いて気が引けたのか、父親が背後から慌てて口を出してくる。いや、しょうがないだろ。異動の際に家族を連れてっちゃいけないとかあるわけないし。扶養される娘がいることを知っててこういう判断をした県警の側の問題だから。
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