第1章 村へようこそ、新しい血

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もちろん、娘さんは今までの町に独りで置いて行ってください代わりに生活は補助します。って特別手当が出るんなら。わたしは別にそれでもよかったんだけどね。 校長と教頭はわたしの父の焦りぶりにむしろ慌てて口々に否定した。 「いえいえそんな…、警察の皆さんにはこちらの方こそ、感謝しかないですよ。上からの辞令で致し方ないとはいえ、こんな遠くの山奥の土地までおいで頂いて。柚季さんにも、申し訳ないね。元の学校にお友達も沢山いらっしゃったでしょう」 「まあ。…普通です」 授業の合間に雑談したり、適当にやり取りする相手は数人いたけど。別れるのが引き裂かれるようにつらいとまではいかないかな。そんなにお互い深い話をするってほどでもなかったし。 わたしを労ってから、顔を上げて背後の父に語りかける校長先生。 「警察の方のおかげでわたしたち村民も安全に暮らしていられるわけですしね。それに、これまでも駐在さんが赴任されるときにご家族を伴われるのは過去によくあったようですよ。前任の方は単身で、そのまま定年退職されたようですが」 「あとは郵便局の方ですとか。村役場とか、公務員の方がご家族と一緒に赴任されることは。時折あるようですしね」 どちらも伝聞口調ってことは。彼らが現職に就いてからは今のところわたしたちの他にはまだない、って意味なんだろう。 本当にどれだけ閉鎖的な土地柄なんだ。と内心で呆れてたわたしだったが、翌日改めて登校したときにはどちらかというと拍子抜けした。というのが実際のところだった。 「追浜さんって。どこからここまで通ってるの?村の外?…へぇ、駐在さんの官舎かぁ。じゃあ、近所だね」 田舎のもの珍しい転入生、ってことから推察して、クラス中がめちゃくちゃ食いついてきて揉みくちゃになるのかそれとも全員遠巻きに様子見で全く近寄って来ないか。両極端のどっちかだろうと踏んだのに。 指定された席の周りの数人が気さくに話しかけてさり気なく世話を焼いてくれて。やたらと押し寄せてたかってくる子はいないけど、授業の合間や教室を移動するときなど、近くに来たら男女関係なく穏やかに話しかけてくれる。 何か戸惑ってたりわからないことがあって首を捻っていると、たまたまそばにいる人が察してすぐに助けてくれる。べたべたとまつわりついてくることはないけど、誰も分け隔てなく困ったときはさっと手を差し伸べてくる。…なんていうか。初対面の新入りに対して、やたらと接し方が。洗練されてないか? まるでしがらみのない都会ものの慣れた物腰。ていうか、都会の子でももう少し村意識強めだと思う。外から来た相手に対して警戒心とか、好奇心とか。そういうのが漏れてしまうのが普通じゃないかな、人の集団なんて。 「え、そうかな?…よくわかんない。慣れてるとか言われても。わたし人生で、転入生とか。マンガとかドラマみたいに遭遇すんのって初めてだからさ…」 授業が終わったあと、校内を案内がてら部活でも見学して見て回ろうよ。と隣の席の長野さんとその友達の信田さん、そして後ろの席の芳川くんが声をかけてわたしを連れ出した。クラスのみんなの新入りへの接し方がすごくさり気なくて手慣れてる、と思わずごもごもと感想を述べると。長野さんが無邪気に目をくるり、と回して首を傾けた。 「え、そうだっけ。保育園のときに入ってきた子が確かいたよね?小学校の途中までいたじゃん、確か。ほら、たっちゃん。確か、お父さんか村役場の人で」 「ああ、いたね。でもあれはさぁ。すごい子どものときの話じゃん。てかそもそも、保育園の中途入園てさ。ふつー転入生とは言わなくね?」 『たっちゃん』が誰だかは知らないが。その場にいたわたし以外の三人がすぐにその子のことを思い出してわあわあと話し合ってる様子を見るに、この子たちがみんなごく幼少期からの知り合いで完全ツーカーで通じる仲なのは本当らしい。 「まあ、そんな感じでさ。役所の人とか、親の仕事の異動でやってくることはたまにあるよ?全然ないわけじゃない。それにここの高校は。全員が村の出身てわけでもないし」 「山越えた隣の町とか、向こうの市から来てる子もいる。普通のバス便もあるけどね。通学用のスクールバスも出てるから」 だけど、村の中に住んでるんなら追浜ちゃんには必要ないね。と付け足してにっこりとこっちに笑いかける。わたしは素直に頷いてそのまま長野さんに相槌を打った。 「さすがに、この高校の生徒が全員村の子ってわけでもないんだね。その割には人数が多いような気もするし。割合にすると全体のうちどのくらい?」 「さあ?はっきり数えたことないな。…けど、中学までは学年一クラスだったから。単純計算で言うと、ちょうど倍増えた感じ?人数考えたら」 「てことは、全体の半分くらい?…思ってたよりも。結構多いね」 ちょっとびっくりした。この高校では一つのクラスの人数は三十人前後だ。てことは、一学年につき三十人から四十人人くらいは、水鳴村の住人?…いやまじで。多くない? 「高校全体の中でそのくらいが村の人かと思ってた。だって、そうすると。三学年合計したら百人くらいいない?」
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