第1章 村へようこそ、新しい血

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「百人はさすがに…。いや、でも十五歳から十八だろ?その歳の子を集めたら、うーん。…八十か、九十人くらいはいるかも。確かに」 横から芳川くんが口を挟んできた。みんなさくさくとわたしを連れて校内を回る傍ら、まるでただの雑談。って感じで平然と話してるけど。 高校一年から三年ってカウントするより年齢で数える方がイメージ湧きやすいのか。と何となく思いながらそう呟く彼に問い返す。 「高校ともなると。逆に村から外の学校へ進む子もいるんでしょう。そしたら、同年代全体の人数はもっと多いんだ。百四、五十人とか…」 彼はごく当たり前といった表情であっさりと答えた。 「いや、外に進学で出たやつはいないかな。俺の知ってる範囲ではこの数年、ここ以外の高校に進んだのは村では誰もいないよ。だからそこまでは多くない、さすがに」 「へぇ?…全員同じ高校?」 義務教育の公立か。と思わず驚きの声を上げてしまった。彼らにとっては当然の常識だけどわたしは外から来た子で共通認識がないのはしょうがない。といった口振りで特に呆れたりはせずに落ち着き払って説明をしてくれる。 「だって、村から通える高校の中で結局ここが一番レベル高いもん。下手に山越えて市まで通学するより、うちのがむしろ名前通ってるし。それに隣町の大学の推薦も取りやすいから。もしこの先進学する気がなくても、ちゃんと就職まで面倒見てくれるしね」 「就職は、やっぱり村の中で?○×市まで出たりしないの?あと、東京とか」 前に自分が住んでた県庁所在地の名を例に挙げてしまった。 体育館でやってる運動部も見よ。今日はどこが使ってるかなぁ、と呟きながらそっちへ誘導してくれる。つられて足を運びながらつい正直な疑問が口をついて出るわたしに、先を歩く信田さんが振り向いて笑いながらおっとりと返してくれた。かなり不躾な質問かもとは思ったが、特に気を悪くした風でもない。 「うーん…。東京はさすがに現実味ないし。都会に出る気があるならそりゃ、○×市辺りかなってのはわかるけど。でもそこまでして街中で暮らしたいって思ったことないかも。だって、ここで手に入らない、不足なことってないもん。親とか大人見てるとそう思う」 どういうこと? 「高校もあって、大学も隣町にあるし。卒業後に就く職も、村の中に充分枠があるから?」 それにしたって。生まれたときからの顔見知り以外の外の人とは知り合えないし。そもそも村の中には存在しない仕事もあるはずだし。 何を根拠にそんなに自信たっぷりに、ここで絶対充足できる。って言い切れるんだろう。例え村に具体的な不満がないとしても。もっと見知らぬ広い世界を見てみたい、とか。単純に思わないの? わたしの隣で歩みを揃えて一緒に並んで階段を降りてた長野さんが、傍らからこっちの顔を覗き込んだ。世間を知らない無邪気な子どもの質問を微笑ましく思ったみたいにふふ、と笑う。 「それもあるし。…それだけじゃないよ。自然もきれいな空気も、生き甲斐も満たされる人間関係も。…全部がここで足りるの。村のみんなと一体化して生きてる感じ、一人じゃなくて」 なんか、北の某国(!)みたい。 などととても口には出来ない感想を思い浮かべてしまったわたしだが、期待に満ちた眼差しをこちらに向けた長野さんの目の奥には。何の淀みも感じ取れない、素直な光があった。 「…そのうち、もしかしたら。追浜さんも同じように感じるようになる日が。…来ることもあるかも。ね?」 そこまで村民の心が一体化してるって、どういう状態なんだろ。 と穏やかな彼らの態度にも関わらずむしろばちばちに警戒してしまったわたしだったが、その後の学校での毎日の生活の中では一向に不穏な空気は感じ取れなかった。 村の分校と考えたら生徒数多めだけど、世間一般的な高校と比較したら段違いに小規模だ。そのことをむしろいい方向に活かして、生徒一人一人に対しての見守りや指導が実にきめ細やかな学校だな。ってのが、これまでそこそこの都会の学校しか知らないわたしの実感だった。 教員の配分も余裕があるし、細かいところまで目が行き届いてる。それでいて強権的だったり押し付けがましいところがないから、先生たちと生徒の距離感もほど良かった。 親しく口を利き合うけど、礼儀を完全に失するほどじゃない。生徒指導も授業も厳しくなくてゆったりしてるからか、生徒同士もぎすぎすしたところがなくどこかおっとりした雰囲気だ。 ずっと長いこと同じ面子で顔を突き合わせてることから来る息苦しさとか煮詰まった感じとか。転入してくる前に想像してたものが全然ない。っていうか、正直気をつけて見ててもどの子が村の子でどれが外から通って来てる子か。特にカラーの違いとかきっちり別れて固まってる様子とか、そういうのもなかった。 村の子は村の子だけでつるんでるとか、外からの通学者が輪に入れないで弾かれてるってこともなさそうだ。 まあそもそも半分は外部の生徒、って考えたら。二つに分断されることはあり得ても爪弾きだの仲間外れで孤立させられるとかはないはずだから。どっちの勢力も半分は味方についてくれる側の子たちなわけだし。
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