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だけど、授業が終わってばいばーい、と手を振り合ってからわたしと一緒に村の集落の方へと向かう子たちと、別れてスクールバスの乗り場へ移動していく子たちの割合を見るに。どっちがどうと外から見て判別できないくらい、両者は問題なく融け合って共存してるように見えた。
これなら、確かにもっと世間じゃスクールカーストでマウント取り合ったり。高校生の年齢になってもまだ虐めなんかしてるしょうもない学校が現実にいくらでもあるって考えたら。どんなど田舎でもいいからこういう高校がよかった、って羨む人もいくらでもいるだろうなぁとさすがに素直に感心してしまう。
そして、学校だけじゃなく。数日村で暮らしてるうちにすぐに気がついたけど、村の大人の子どもへの接し方も何というか。だいぶ他の地域よりも親しげでゆとりがあるように思えた。
「あ、綺羅ちゃん。相変わらず元気そうね。高校はどう?楽しい?」
下校時、通りすがりの中年の女性に親しげに声をかけられた。わたしの隣を歩く信田ちゃんがにっこり笑って受け応える。
「あ、はいおかげさまで。この前はお野菜をありがとうございました。うちの両親も弟も喜んでて。高井さんちのほうれん草もキャベツも。いつもすごく美味しいから」
「いいよ、いつもうちの方こそお世話になってるから。ほんのお礼」
あとでその人の家の稼業は農家で、高原野菜を中心に栽培して村内の店や周辺の市や町に作物を卸してるんだと聞いた。ちなみに信田綺羅の家は、わたしはこれまで見たこともなかった非チェーンの独立系コンビニだ。
ふと彼女の視線が、黙って綺羅の後ろに大人しく控えてたわたしの方へと向けられた。
「あなたが噂の、今度来た新しい駐在さんのお嬢さん?こんにちは、初めましてね。どう、学校やこの村には。少しずつ慣れてきた頃かな」
「あ。…はい、おかげさまで。みんなによくしてもらってます」
何て言っていいかわからず、とにかく正直にそう答えた。綺羅が何故か得意気に胸を張って彼女に報告する。
「柚季ちゃんはねぇ。勉強がすごく出来るんだよ。国語と歴史が得意なの。あと、数学とか化学なんかもちゃんと真面目にやってるし。わたしなんかもうその辺とっくに捨ててるから」
「いや早いよ。まだ高校一年だし、わたしたち。今からでも遡れば全然間に合うんじゃない?」
あまりに堂々と宣言されて思わず突っ込んでしまった。話しかけてきた中年女性がつられてあはは、と朗らかに笑う。
「確かに、綺羅ちゃんは諦めるの早すぎ。もう文系に絞ってるんだ。学部によっては数学も化学も使わないからねぇ」
「ていうか、別に大学もどっちでもいいなとも思ってるから。高卒でさっさと就職しようかなぁって。どうせ、大学出ても。結局は**か☆☆の工場に勤めることになるだろうし」
そういう考え方もあるのか。…まあ、本人がそれでいいって言うんなら。否定はしづらいけど。
高井さんという女性は微笑みながらもやんわりと綺羅をたしなめた。
「まだ他にも進路はいろんな可能性があるでしょ。村の中で暮らすにしたって、公務員試験受けて役場にお勤めするとか。郵便局で働くとかだってありだよ。普通の会社だって大卒と高卒じゃお給料も違って来るんだし、勉強はちゃんとしておくに越したことないよ。ねぇ、柚季さん?」
急に同意を求められて、のほほんと聞き流していたわたしはちょっと慌てる。
「あ、いえ。…わたしは、なんかこれまでの癖っていうか。卒業後どうするかまだ決めてないから。何となく、今の時点からどれを捨てるって決断が。ちょっと出来ないだけで…」
彼女はしたり顔で深々と頷いた。
「それでいいと思うよ。早くに決めつけちゃうのは勿体ない。今身につけたことが将来何の役に立つかわからないからね。農業やってたって、学生のときの勉強が活きてくること。案外あるんだよ?」
「高井さんとこ。ご夫婦でインテリだから」
あとで綺羅から、彼女とその夫はともに大卒だと聞かされた。なるほど。農業やるにも何かと知識は必要だもんね。
高井さんはわたしの方に向き直り、親しげに笑ってみせた。
「何も先のこと決めてないからこそ、何でもやっておくって考え方いいと思う。うちの息子にも聞かせてやりたいなぁ。来年受験なの、あなたたちの一学年下。…同じ高校に合格できたら。二人とも面倒見てやってね。柚季さんも、是非。いい影響与えてやってちょうだい。こうやって可愛くて優秀な方が増えて。この村も将来安泰だよね」
言い過ぎすぎる。
「あ、はい。こちらこそ」
気さくに手を振って立ち去る彼女に対して慌ててぺこぺこと頭を下げるわたし。綺羅はその隣で考え込むように腕を前で組み、ふんと鼻を鳴らして小さな声で呟いた。
「高井さん、きっと自分とこの未来の嫁にと柚季ちゃんを狙ってるんだよ。みんなが目をつけるより先に息子さんをアピールしようって態度が。結構露骨じゃなかった?」
「えぇ?…そんなこと。思ってもみなかったけど」
さすがにちょっと呆れた声が漏れる。そりゃさすがに。考え過ぎじゃないかな。
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