第1章 村へようこそ、新しい血

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第1章 村へようこそ、新しい血

高校生の時点で既にわたしの人生、下降気味なんじゃないか。 そんなどよんとした感覚に陥るくらい、初めて足を踏み入れた転入先のその土地は見たこともないくそど田舎だった。 県庁所在地からいきなり、それまで縁もゆかりもなかった遠く離れた山奥の秘境へ。市や町ですらない。村だ。現代にまだ本気の村が存在してたとは。平成の大合併のときにほぼ消滅したんじゃなかったのか。とうに歴史上の出来事なので、詳しいことはよくは知らないけど。 「いや実際にその場所を見てから判断しないと駄目だよ、ユズキ。決めつけはよくない。大体お前、本物の村に住んでみたことなんてないだろ?何を根拠に、そこが暗くて澱んだ空気のもう終わってる土地だって想像した?」 うちの父親は悪い人ではない。ひとり娘のわたしから見ても、お人好しで当たりが柔らかくてごく温厚な性格だと思う。よくこれで警察官として長いことやって来られたな、ってタイプ。 気のいい人なのは間違いないけど、すごく機転が利くとか頭の回転がシャープって印象はない。実直で誠実で職務に忠実なんだろうなぁとは思うけど、全体にぼやんとした雰囲気でお世辞にも女性にモテそうな要素があるとは言えない。 世間で言うバリキャリなわたしの産みの母が、四年ほど前に性格の相違を理由に家を出て数年の別居の末に結局離婚に至ったのも。何となく彼女みたいな女の人には夫のいろんな部分が物足りなかったんだろうな、ってのは想像に難くなかった。 だけど、村の駐在のお巡りさんとかそういうポジションに置かれると。もしかしたら生き馬の目を抜く都会の地で凶悪な犯罪者を追いかけてるより、そっちの方がむしろ向いてると言えるかも。 そこを汲んでの今回の異動なのかな。とわたしは父の運転する車の助手席で揺れに身を任せながらぼんやりと考えた。 県内の端から端へ、ってくらい離れた距離を移動する。うちの県ってこうやってみると結構大きかったんだな。わたしたちがこれまで住んでいたのは南側で新しい赴任地は奥まった北の方だ。 引越しにあたって父親の運転する車でその土地に赴くこの状況は、いかにも日本国民みんなが見覚えのあるあの映画のワンシーンそのもの。ト○ロ、と見せかけて違うそうじゃない。と思い直した。…リアルであれだ。神隠しの方。 親の仕事の煽りを食って環境を変えなきゃならないのが不満で盛大にぶすくれてる非力な子ども。まんま、あの場面の主人公だな。もっとも向こうは小学生でこっちは高校一年生。いたいけそのもので運命に抗う術もない、とばかりに同じ立場だと言い張って被害者面するのはちょっと気が引けるかも。 『行ってみてやっぱりここじゃ生きられない。どうしても無理だ、って感じたらそのときは心機一転、東京の大学でもどこでも受けりゃいいじゃない。そしたらほんの三年足らずのことだよ?そのくらいの年数、自然でいっぱいの田園ライフ味わってみたって。別に人生終わるってほどのことでもないでしょ?』 それとなく、別れて暮らす母親に不満を滲ませて相談してみたら。そうやってすげなくあしらわれてしまった。 『むしろお父さんの仕事の都合でもないと。そんなもの珍しい地域に住む機会なんて今後もなかなかないかもよ。縁あってのことなんだし、深く考えずに新しい体験を楽しめば?多様な土地柄を知るチャンスだと思うけど。それで案外、自分には自然いっぱいの人里離れた場所が性に合ってる。って結論出すことになるかもだしね』 「そんなことには。ならないと思う、けど…」 口ごもりつつ、やっぱり母親の家の方に厄介になるってわけにはいかないか。ってやんわりと拒絶されてるのを感じる。 まあ、わたしも言うほど彼女のうちに住みたいと本気で思ってるわけじゃない。そもそも別居したときは母親側について行ったのに、彼女が相手を見つけて再婚するに当たって父方に舞い戻ったのは自ら言い出してのことだし。 母の新しいパートナーに対して特に思うところはないが、やはりそれなりの年頃の娘として血の繋がらない歳上の男性と同居するのはあまり気分のいいものではない。どのみち家事はわたしが一手に引き受ける羽目になるわけだし(母はフルタイムの共働きなので)。だったら離婚以来男やもめを貫いてる、相変わらず浮いた話のない実の父親の側で暮らす方がずっと気楽だ。 だけど。この歳になって父が、地方都市の市街地勤務からまさかのど田舎の駐在さんにと異動で飛ばされることになるとは。さすがに予想もしてないもんなぁ…。 「…東京の大学なんて。わたし、そこまでめちゃくちゃ頭いいわけでもないし。正直レベルの高いとこは自信ないよ。ましてや今度引越すとこじゃ絶対、塾も予備校も。充実してるわけないし」 それでも踏ん切りがつかない思いでぼそぼそと吐き出すと、何事もきっぱり割り切る性分の母はふんと鼻先で笑って話をさっさと片付けた。
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