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訓練や体育の時間以外で着ることがないパンツスタイルになって、セリーナは庭のフレイルピーチの木を見上げるのである。話を聴いて駆けつけたメイドのダーシーが、おろおろとした様子で声をかけてきた。
「あ、あの……セリーナお嬢様。どうして今日は、ご自分で桃の収穫を?あ、危ないですよ……」
「はあ!?私にはできないっての!?」
「そ、そうじゃないですが、でもお……」
十代半ばのおさげにそばかすの少女は困ったように木とセリーナを交互に見上げている。彼女は何度もセリーナがパシリに使ってやったこともあり、フレイルピーチの収穫方法は熟知しているはずだった。彼女の隣に立っている老齢の執事頭、マイルズも同様に。
マイルズの方は何も言わない。ただ黙って、セリーナの方を見るばかりである。その態度がかえってムカついてしまった。何か、言いたいことがあるならはっきりと言えばいいものを。
「これくらいの作業朝飯前よ!お姉様にあんな風に言われて、引き下がれるもんですか!」
フレイルピーチの木は非常に背が高く、木の実は高い木の上に生っている。実が太陽の光を吸収して、鮮やかなピンク色に染まるのが特徴。熟した実の場合、葉までピンク色になっていることでも知られているのだ。自分もそれくらいのことは知っている。
とにかく、よく熟した桃ならどれでも美味しいはずだ。問題は、収穫するためには気に登らなければいけないということ。風魔法で遠くから枝をちょん切ることもできなくはないのかもしれないが、いかんせんセリーナは魔法の細かなコントロールが苦手だった。落ちた実を上手にキャッチできなければ潰れてしまうという問題もある。面倒だが、実際に気に登ってもいだ方が早いだろう。
――見てなさいよおおお!
ぎろり、と屋敷の方に視線を向ける。窓の向こうで、ブリトニーがにこにこしながら手を振っているのが忌々しい。このフレイルピーチの木は、ブリトニーとお茶をしたあの部屋から非常によく見えるのだ。不正はできない。するつもりもないけれど。
「行くわよっ!」
かっこよく作業を終えて、あの姉をぎゃふんと言わせてやる。セリーナは勢いよく、幹に足をかけたのだった。
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