誘われてときめく

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誉さんの知り合いのクラシックコンサートに行かないかと、チケットを渡された。 コンサートの日はバレンタインデー。 家に帰ってから改めてチケットを見て、またもドクンと胸を打つ。 『バレンタインコンサート〜愛する人へ贈る曲〜』 えっ? 愛する人… ? 鼓動が激しい。 二週間後、どうしよう。 チョコとか持って行った方がいいのかな? 店の中に並ぶバレンタインのチョコの商品を眺めた。 いや、自分がバイトしている店のコンビニのチョコってないよな、でも、わざわざ他で違うの買っても変だよな? そんな事を考えていた時に、 「知秋ちゃん、考え事?」 いきなりの誉さんに度肝を抜かれる。 「いっ!いらっしゃいませっ!」 「え?知秋ちゃん、滅茶元気でいいね〜。この間もだけど張った声出せんじゃん、出し惜しみしてたの?」 大きな声で挨拶をしてしまい、いや、それが正解なんだけど、自分で違和感たっぷりで… 「い、い、いらっしゃいませ… 」 少し吃ってしまった。 カゴの中には、それなりの量の商品が入っていた。先日に続いて、誉さんに気付かなかった自分に驚く。 「何、考えてたの?」 「いえ、別に… 」 商品をスキャンしている間、ジッと見られる。こんな事はいつもの事なのに、いつまで経っても誉さんの視線には慣れない。 俺をジッと見るお客さんは誉さんだけじゃない。老若男女問わず、何人かのお客さんに見られるけれど、特段困ったり気不味くなる事はない。おばちゃんなんかが俺をジッと見た後には 「あんた、綺麗な顔してるね」 ここまではいい、その後 「もうちょっと愛想よくしたら、もっとモテるよ」 と必ず続ける。別に俺はモテなくていい、余計なお世話だ。でもお客さんだから、すいませんとばかりに軽く頭を下げる。 だから人の視線には慣れているのに誉さんの視線は、とても戸惑う。 「2,453円です」 「ん、と… 」 誉さんが珍しく財布を出した。 「3,000と… 53円、出していい?」 現金での支払いは初めてだけど、ここでも丁寧にコイントレイにお金を置く。 紙幣や小銭を投げる様に置くような客とは雲泥の差だ。 こういう所で人間が出るよな、と誉さん贔屓の俺が思う。 「600円のお返しです」 コイントレイにそっと置くと、 「さんきゅ、おやすみ」 と、ニコッと笑顔を見せるから、思わずゴクリと唾を呑んでしまった。 コンサートの事を何も言わない。 どうすればいいんだろう、直接会場に行けばいいのかな?誉さんの連絡先を知らない。 「あ、コンサート、来れたらそのまま会場に来て。俺、席に座って待ってるから」 俺の疑問に答えるように、そう言ってウィンクをした。 ドキュンと胸に何かが刺さり、手元にあったレジのハンドスキャナーを落としてしまう。 ガタンと音がして誉さんが振り向いたから、 「失礼致しました」 と落ち着いて軽く頭を下げた。 どうする? 行くのか? まずはそこを自問自答した。 …… 行って、誉さんは来てなかったら? 俺を揶揄う為に誘っていたら? 思い出したくない、高校時代の事を思い出してしまって顔が歪んだ。 彼はそんな人じゃない事は分かるだろう、それに他意はないかも知れない、いやむしろないだろう。あれこれと考える俺の方が可笑しい、もっと気軽に考えればいい。 そんな風に迷う自分の気持ちを整理する。 「春夏冬くん、池田と何かあるの?」 ヌッと突然裏から現れた中島さんには驚かなかったけれど、淡々と訊かれた内容には少し驚いてしまった。 「いえ、別に… 」 「そう… 」 何でそんな事を訊くんだろうと思ったし、いつも以上に無愛想な顔の中島さんが気になる。でもそれ以上は訊いてこなくて、空気だけがズッシリと酷く重くなった事だけは分かった。 それからも誉さんはいつもと変わらずで、自分一人があれこれと考えて馬鹿みたいなんだろうと思う。 頭の先から爪の先まで、帽子から靴まで新しいものを買い揃えた。 靴はくたびれてしまっていたし、服も欲しかった物がバーゲンになっていたから、と自分に理由付けをした。 ニット帽は、寒い所から暖かい会場内に入って耳が赤くなるのを少しでも防ぐ為。 … どうしよう、楽しみかも知れない。
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