もう恋はしないと決めた筈

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深夜のコンビニでのバイトは、結構な度胸が要った。 webで検索すると、深夜接客業のあるあるなんかを見て、ちょっと二の足を踏んだが、面接の時オーナーに 「大丈夫? 君みたいな子、狙われない?」 とか言われて、 え? とは思ったけど、とりあえず採用になってひと安心した。 それまではファミレスのキッチンでバイトをしていたが、大学を卒業したら一人暮らしがしたくてお金を貯める為、高時給の深夜に変えた。 こんな無愛想な俺だから接客業は不安だったけど、深夜のお客さんにはこの位でも大丈夫で、というかこれ位が丁度良くて安心した。 週に三日のうち、二日は藤井さんと一緒で、もう一日は中島さんという人と一緒。 中島さんはフリーターで週に五日フルで入っている。二十五歳らしい、藤井さんから教わった。 藤井さんはお喋りで、少し卑屈だけれど人当たりは悪くない。中島さんは結構、俺に近いかも知れない。いつもムスッとした顔をしてあまり親切ではない、俺も人の事を言えないから、中島さんを悪くは言えない。 中島さんと一緒の日の店の雰囲気は、クレームが来てもおかしくない程に、とても感じが悪い。 「春夏冬くん、商品ちゃんと前出ししておいてよ」 目も見ずに、最前列に商品が最前列に来るように前に出せと、冷たく言う。 中島さんは、自分を見ている様な気がして何とも言えない。 『人の振り見て我が振り直せ』のことわざが浮かんだ。 「はい、分かりました」 淡々と答える俺に、店の中の空気はズッシリと重くなる。 「おっ!今日は無愛想コンビじゃん!」 誉さんが帰ってきた。 って、俺、いつの間にか心の中で『誉さん』って呼んでいる。 それを聞いた中島さんがチッと小さく舌打ちをすると裏に入って行った。 露骨過ぎやしないだろうか、中島さんの態度に流石の俺もドギマギとした。 ん?何だろう? 誉さんが背中に、ギターが凄く大きくなった様なケースを背負っている。 そんな物を背負っているからか、今日は缶コーヒーひとつだけの会計だった。 「150円です」 「ん、モバイルでお願い」 何ですか?その背中の… 訊きたいけれど、そんな事訊いたら変に思われるだろう。 「久し振りだね、知秋ちゃん、元気だった?」 ニコニコとした顔で俺を見るし、久し振りに会えたしで、ほんの少し、ほんの少しだけ口元が緩んだ、気がした。 数字に表せば2ミリ位。 「知秋ちゃんと呼ばないでください」 それでも、それは釘を刺しておく。 「あれ?今日はちょっとご機嫌?」 その2ミリを見抜いたのか? ある意味凄いと思った。 「…… 」 すぐに真顔に、と言っても2ミリ口元を戻しただけの顔で視線が、背中に背負っているケースに行ってしまった。 「あ、これ?」 親指で背中の荷物を指した誉さん。 「いえ、別に… 」 「中にチェロが入ってる、俺、チェロ弾いてるんだ」 え? チェロ奏者? … 格好良すぎる。 こんなにイケメンで格好良くてチェロ弾くって、あり得ないだろう。 思わず今度は俺がガン見をしてしまった。 「えっ?なに?知秋ちゃん、俺の事ジッと見て、照れるじゃん」 あっ、と思って目を逸らしたが、顔が赤くなってしまった… 俺とした事が… 。 「じゃあね、今日はこれだけで帰るわ。地方から帰ってきたばっかで疲れたけど、知秋ちゃんの顔見れて良かった、おやすみ」 右手はチェロケースのストラップを押さえて、左手の親指と中指でコーヒー缶を持ち、他の三本は立ててぶんぶんと手を振る。 俺の顔を見れて良かったって… 駄目だ、勘違いをするな。
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