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誘われてときめく
俺は男の人が好きかも、そう気付き始めたのは中学に入ってすぐ。
ひとつ上の、男の先輩に憧れた。
背が高くて爽やかな笑顔、いつも皆の真ん中にいて女子生徒からは憧れの的だった。全校集会の時なんか、まず始めに先輩を探した。
先輩と同じ高校に行こうと思ったが、あまりお利口ではない学校に行ったのを知り、途端に気持ちが冷めた。
俺は馬鹿は嫌いだ。
高校の時には、同級生を好きになった…… でも、思い出したくない。
大学に入って間もなくの時、同じサークルの四年生の先輩相手に初体験。随分と経験豊富のような先輩に色々と教わった、ベッドの中の事を。
カッコ良かったし、好みだったけど先輩とは身体の関係だけ、特別な想いを抱く事はなかった。
先輩が卒業と同時に関係も終わって、それからも特に好きになる人もセックスする相手もいなくて現在。
普通にセックスは気持ちいい、身体だけの関係でもいいから誰か抱いてくれないかな、とか思っている。
そして彗星のごとく、華やかに颯爽と眩しい程のオーラを撒き散らしながら俺の前に現れたのが、誉さん。
あんな風にちょっかいなんか掛けて来るから、日に日に気になり度合いは大きくなるばかり。
やめて欲しい、本当に勘違いしてしまうから… 。
「知秋ちゃん、クラシックとかって、聴く?」
屈んで商品の品出しをしている時に、突然上から誉さんの声が降ってきて驚く。
いつ店に入って来たんだろう?
入店音にも気が付かなかった。
「え?あ…… 」
立ち上がって、差し出された誉さんの手元に目を遣ると、チケットらしいものが入っている封を持っていた。
何も言わずに誉さんを見つめる形になってしまった。
「今日は『知秋ちゃんはやめてください』って言わないんだな」
嬉しそうにニコニコ笑う。
「あ… 知秋ちゃんは、やめてください」
「無理して拒まなくていいんだよ!もういい加減、知秋ちゃんって呼ばれるの慣れただろう?」
慣れたというか、今更『春夏冬さん』とか呼ばれたら、それはそれでやっぱりショックを受けるだろうな、とは思った。
「知り合いのコンサート、一緒に行かない?」
えっ!? 一緒にっ!!!
と、俺の心の中はビックリマークが十個位並んだけど、顔にはひとつも現れていなかったようで、
「クラシックは聴かねぇか」
半分笑って、半分寂しそうに俺を見た。
何て答えれば良いのか分からず、というか、クラシックはさておき、誉さんと二人で出掛けるとか、そんな事、そんな夢みたいな事、と胸中が騒がしい。
どうして俺を?
まずそこだ、誉さんはチェロ奏者だからとは言え、クラシックコンサートなんて、なんかこう、崇高なカップルみたいな感じがする… いや、カップルではないか… どうしよう… 。
返事も出来ないまま、目だけが少し左右に動き佇んでいるといきなり声がした。
「春夏冬くん、早くこっちに戻ってくれる?」
抑揚の無い声で中島さんに言われる。
「おっ!出た!無愛想隊長!」
誉さんが中島さんを見て愉快そうな声を出した。
「あ、知秋ちゃんは隊員ね」
隊員と言われて、ん?とは思ったけれど不思議に思って訊いてしまう。
「中島さんと、お知り合いですか?」
「中島?高校の同級生、てか、知秋ちゃん!初めて俺のプライベート訊いてくれたなっ!」
「あ、いえ… そういうんじゃないです… 」
あまりに嬉しそうな顔をする誉さんに、胸がドクンと大きく打った。
同級生、だから中島さんも誉さんにあんな風に舌打ちとか出来たのかと納得した。
そうじゃなきゃ、あの態度は流石に俺だってヤバいと思ったしな。
「春夏冬くんっ!」
中島さんが珍しく大きな声で俺を呼ぶから、思わず俺も「はいっ、すぐに」と、そこそこの声で返した。
「ははっ!二人とも張った声、出せんじゃん。… 無理にじゃなくていいから、来れたら来て、チケットだけ渡しとく」
大きな声の中島さんとそこそこの声を出した俺を笑うと、そう言ってコンサートのチケットを俺の手に握らせると、
「じゃあね、おやすみ〜」
と、いつものように手をひらひらとさせてこの夜は買い物もせずに店から出て行った。
握らせたから、チケットが少し縒れてしまった。
封を開けてチケットを見てみた。
チケットの日付は、二月十四日…
え?
バレンタインデーじゃん。
いいの?誉さん、予定無いの?
少し震える手で、チケットを封の中に仕舞った。
いいの?
コンサートまで二週間、胸が躍った。
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