はじまり

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はじまり

 深い森林に現れた災厄を、竜人が討伐したのは一週間ほど前の事だった。  風通しの悪い森林は、魔素が溜まりやすく災厄が発生しやすかった。  幸い、発生した災厄が街から離れていたこともあり、竜人が討伐した後は、また静かな森林となり、冒険者たちが戻ってきていた。  黒いフードを被った男が、森林の中で何かを見つけた。丸い大きな目を持つ、ヤモリに似た大型犬ほどの爬虫類。それはまったく身動きせず、腹を地面に付けて静かにしていた。  魔物とは違う気配を感じ取った男は、ゆっくりとそれに近づいた。 「どうした?なぜ動かない?」  傍らに膝をつき、それにそっと触れる。  身動ぎもせず、丸い大きな目が何度か瞬きをした。言葉は通じないが、男は理解したらしい。  右手をそれの背中にかざす仕草をする。そうすると、それは背中に暖かさを感じた。体の痛みが引いていく。ふんわりとした心地良さを堪能していると、男がそれの目の前に手のひら大の木の実を見せた。 「これはまなの実、わかるか?」  それは返事の代わりにまた瞬きをした。 「入れてやろう」  男はそれの口を大きく開けると、まなの実を握ったまま口の中に手を入れた。そうしてそのまま奥へと腕を入れていく。肘まで口の中に入れると、ゆっくりと抜き出した。 「ゆっくりと食べるといい」  咀嚼する力も残っていないと判断したのか、男はまなの実をそれの胃に直接押し込んだのだ。  二、三瞬きをすると、それの丸い目は力を帯びた。 「もう、消化したのか」  呆れながらも軽く笑い、男はそれをみた。 「悪いが、積極的に助ける訳には行かない」  淡々とした口調で男が告げると、それは、また瞬きをした。男に問うようなそんな目をしている。 「お前の前足の爪は五本あるね。竜族の上位に連なるものなのだろう?」  男がそう言うと、それはまた瞬きを繰り返した。 「そのようなものに、積極的に関わるわけにはいかない。そろそろお前の力を感じて誰かが来るのではないか?」  男がそう言うと、それはまた瞬きを繰り返す。 「あとは………」  男が別れを告げて立ち去ろうとしたとき、それはまた丸い大きな目で見つめ、瞬きをした。言葉は分からないが、気持ちが読み取れた。 「俺がまなの実を、もうひとつ持っていることを知っているのか」  男は苦笑しながらも、まなの実をもうひとつ取り出した。 「これを食べたらお前はだいぶよくなるよな?そうしたら、天界の竜族にお前の位置を教えられるようになるだろう?」  まなの実をみつめながら、それは丸い大きな目を潤ませる。 「もちろん、あげるよ。ただし、食べるのは俺がいなくなってからにしてくれ」  男はそう言って、それの口にまなの実を置いた。 「俺がいなくなったら食べてくれよ」  そう言って立ち上がり、それに背を向けると男の姿は風のように消え去った。  男の気配が無くなったのを確認すると、それは口の中のまなの実をゆっくりと咀嚼して、飲み込んだ。  足りなかった力が戻るのをしっかりと感じると、それはゆっくりと咆哮した。  天界の竜族に届くように。
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