巻・一

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化け物たちの毛むくじゃらの顔の奥で赤い目が爛々と光っていた。 化け物たちは互いに顔を見合わせ、にたり、となんとも不気味に笑うと、棺の周りを踊りながらゆっくりと回り始めた。 「このことばかりは知らせるな。 飛騨高山、化け物退治の平十郎には知らせるな」 一匹がざらつく声を上げた。すると、 「知らせるな」 残りの二匹が続いた。 三匹の化物は何度も同じ言葉を繰り返し、棺の周囲を踊り回った。 朽ちかけたお堂の床は、巨大な化け物どもが踏みしめるたび、ギシギシと悲鳴を上げた。 化け物どもはよほど嬉しかったであろう、気味の悪い声はだんだんと上ずっていった。 やがて化け物どもは動きを止め、棺の周りを取り囲んだ。 「飛騨高山、化け物退治の平十郎は、今夜ここへは来るまいな」 化け物の一匹が言った。 残る二匹はお堂の中をぐるり見回すと嬉しそうに、 「大丈夫」 顔を見合わせ言った。 化物どもは棺に目を移した。 「おなごは、どんな顔しとるかいのう」 「恐ろしゅうて震えておるかいのう」 「うぶな顔で命乞いをしたら、明け方までは生かしておこうかいのう」 「じゃが、生きてはおっても手足が無くなり、歩くことも這いつくばることもできんかもしれんがのう」 化物どもは口々に勝手なことを言い、ククッと笑った。 「どれ、とっくと見てみるか」 化物の一匹が、毛むくじゃらの太い腕を棺に伸ばした。 化物の手が棺の蓋にかかり、ゆっくりとそれをずらしていった。 蓋を開けた化物は、待ちきれぬように中を覗き込んだ。 その時、「チリン」と微かな淡い金属の音色が響いた。 心地よさと気味の悪さが入り混じった音だった。
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