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翌日である。平十郎と鈴は並んで峠道を歩いていた。
平十郎が大股ですたすた歩くのに対し、鈴の方は背中を丸め顎を突き出し、見るからにくたびれた様子だった。
「平十郎、お城にはまだ着かないの?」
鈴が平十郎の顔を見上げ不満げに尋ねると、
「そうじゃな、峠をあと二つばかり越えねばならん」
平十郎は歩きながら答えた。
「まだそんなにかかるの?
人間の、それも幼い娘の格好じゃ、いい加減疲れたよ」
鈴はため息を吐き、うんざりしたように言った。
「少しは辛抱せい。
修行だと思ってな」
「こんなの修行になんてなんないよ」
鈴が思いっきり顎を突き出して言ったが、平十郎が聞いている様子はない。
仕方なく、鈴はとぼとぼと平十郎についていった。
しかし、その表情が突如強張った。
不気味な声が聞こえてきた。
「平十郎め、このまま生かしておくものか」
それは女の声で、まるで鈴の頭に直接語りかけてくるかのようだった。
「えっ?」
鈴の口から思わず声が漏れた。
黒髪に隠れていた耳が、ビクンと動いた。
「平十郎、取ろう、平十郎、取ろう」
今度は別の声が鈴の耳に聞こえてきた。
先程の女の声とは異なり男の、それもかなりの数の声だった。
鈴にはいっせいに上がったうなり声に思われた。
鈴はとっさに平十郎に目をやった。
だが、平十郎は変わらぬ様子で歩いている。
声は、鈴だけに聞こえているようだった。
「何?今のは」
鈴はつぶやくと、両耳にそっと手を当てた。
だが、声はそれ以上聞こえてはこなかった。
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