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少女と時計
「遅刻だ、これ絶対間に合わない……」
俺は学校へ続く土手道を走っていた。夏休み明けから遅刻だなんて……
「どうしようどうしよう!今回の夏休み明けテストは今後にひびくって先生言ってた、今年は入試なのにぃ!」
勉強の合間の気分転換って昨日ゲームやりすぎた……気づいたら夜中の3時だった!
「まぁでもステージ9までいけたし。次は何の曲でプレイしよう……ってこんな場合じゃねぇ!」
俺はさらにスピードをあげる。が、体力がもたない。ついに足が止まってしまった。この後地獄の坂道が待っている。山の上の高校なんて選ぶんじゃなかった……
「ふしぎな時間はいかが?」
息を整えているとなんか聞こえた。顔をあげると見知らぬ女の子が立っている。この近所の学校の子かな、中学の制服を着ている。
「な、なんだ?遅刻しそうなんだからかまってあげられないよ」
俺はちょっとイライラして答える。これから俺は坂道との勝負だってのに、その坂道の前に立って女の子はほほえんでいる。
「ふしぎな時間ですよ、いりませんか?」
「どいてくれる?急いでるから」
女の子の隣を通ろうとしたら手でふさがれた。
「ちょっと!邪魔だよ!」
「まぁまぁ慌てないで。これさえあれば、あなたは遅刻しなくてすみますよ」
「はぁ?何言ってるの、どいてよ」
「ふしぎな時計のレンタルやってまーす。今あるのは時間を遅らせる腕時計と、時間を早くすすめる懐中時計です」
そう言って彼女は持っていた学校の鞄からピカピカの腕時計と古ぼけた懐中時計を取り出した。
「え、何?」
俺が戸惑っていると女の子は腕時計をひらひら揺らしながら言った。
「今のあなたにはこっちかな。時間を遅らせる腕時計。その名の通り、自分の時間を遅らせることができます。遅刻しそうなんでしょ?これを使えばあらふしぎ!時間がゆっくり進むから歩いても間に合います」
俺はぽかーんとした。なんだこいつ……
「……本当にそんなのあればいいな、はいどいて」
俺はあきれて通り過ぎようとしけど女の子が腕を引いてきた。
「本当にいらないの?遅刻するんでしょ?騙されたと思って借りてみない?」
真顔でこっちをみてくる。こ、こわ……
その時遠くで学校の予鈴が鳴る音が聞こえた。もう8時25分か!あと5分で教室までたどり着かなきゃ!
「やばいやばい、行かなきゃ」
「残念だなー、これを使えば楽なのに」
女の子は腕時計を顔に近づけてくる。
「……はぁ、じゃあ借りるよ、いくら?」
このやりとりを終わらせるにはもう借りるしかない。
「お代はですね、あなたの幸せな記憶かあなたの寿命。はい選んで」
「……え、はぁ?何それ」
「ふしぎですよねーでも選んで。ふしぎな時計を借りるんだから、ふしぎなことがあってもおかしくないでしょ」
「……じゃあ寿命で」
「テキトーに選んだら後悔しますけどいいですか?私的に寿命は助かりますけど」
「……じゃあ幸せな記憶を考えます……」
俺はうーんと考えた。時間ないって!早く決めないと。
「小2の時の家族旅行、ダメダメ。小3のこれは……ポチを引き取った時じゃないか、絶対ダメ。じゃあ小4の時お年玉が1万で嬉しかったやつ……これはなんか渡したくねーな。あー迷う〜」
意外と難しいもんだ。女の子はニコニコしながら待っている。
「あ、これにしよう。小5の時の初日の出!中学生になるまで毎年山に登って家族皆でみてたんだ。小1から小6まであるし、毎回感動はするんだけど小5の時のはパッとしないかな。うん、小5の時の初日の出にする」
「お決まりですかーじゃあもらいますね!うーん30分間の記憶をいただきます」
女の子は両手を差し出してきたかと思うと何かを包み込むようにして自分の元へ手を引っ込めた。
「はい、いただきました。それでは時計の使い方を説明しますね」
「え、終わったの?」
あっさりとしたやりとりに驚いてしまった。
「もう思い出せないはずです」
そう言われて小5の時の初日の出を思い出そうとする。あれ……思い出せない。小1、小2、小3、小4……小6。5年生の時の日の出の瞬間だけ思い出せない。俺は記憶力がいい方だと思うけど、この瞬間だけどうしても思い出すのは無理だった。
「本当だ、なんで?」
「私がいただきましたから」
女の子はえっへんと胸をはる。思い出せないなんてちょっと寂しいような……まぁ少しずつ違うけど毎年似たような思い出だし、いっか。
「それでですね、時計の表面を指で丸くなぞりながら願ってください。時よ遅くなれ!と」
女の子は俺の腕に腕時計をまいた。
「じゃ私はこれで。お昼に時計を取りにきますね」
「え、ちょっと!これ本当なの?」
俺が慌ててきくと女の子は真顔になって
「本当ですよ」
と言ってきた。
「そ、そうか。時間遅くしたら周りの人はどうなるの?」
「どうにもなりませんよ。あなたの時間が遅くなるだけ。周りには影響なし!しかも周りにあなたは普通にみえるのです。ふしぎでしょ」
「へぇ〜。まぁ、ありがとう」
女の子はニコッとすると行ってしまった。
俺は信じられなかったが、とりあえず言われたようにやってみることにした。時計の表面を指で丸くなぞって念じる……時よ遅くなーれ。これでいいのか?周りを見渡しても何も変化はない。ん?待てよ。誰もいないじゃないか、遅刻は俺だけ!?この坂上がるのに5分かかるんだよ、今何時何分?8時27分だ、ホームルームは30分からだし間に合わねー!俺は急いで坂を駆け上がった。
教室に着いた。時計をみる。う、うそだろ。29分だ!5分かかる坂道上がって2階の教室まで2分で着いたのか俺!
「おーギリギリだな優斗」
「お、おう、間に合った……」
俺は席につく。するとチャイムと同時に先生が教室に入ってくる。この先生いつも時間にうるさいから遅刻してたらどうなったことやら……
休み明けテストが終わった。今日はお昼で終わりなので帰る準備をする。参加したい人だけ補習授業を受けられるが、この後俺は塾があるから帰ることにした。
友達はみんな補習授業を受けるみたいなので、1人で坂道をくだる。
腕時計を見ながら歩く。今は普通に時が進んでいるのかな?
すると目の前に女の子が立ちふさがった。今朝の子だ!
「こんにちは〜時計の回収にきました」
「あ、こんにちは」
俺は立ち止まった。女の子が手を差し出してきたので俺は腕時計をはずして女の子に手渡す。
「ありがとう、助かりました。で、時間が遅くなったのって朝だけ?」
「そうですよ、今回はとりあえず30分間の記憶をいただいたので30分間の時間が遅くなりました」
「へぇ〜」
俺は関心した。だからホームルーム後すぐの夏休み明けテスト、早く解き終わって見直しの時間がしっかりとれたんだ。時計がまだ作用してたから。ふしぎなこともあるもんだな。女の子はお辞儀をして回れ右をするとゆっくりと歩き始めた。
「ねぇ、時を止める時計はないの?それだったら今朝もうちょっとのんびりいけたんだけどなー」
俺は女の子の隣を歩きながら話しかける。
「ないですね。時をとめる時計は作るのが難しくてまだ作成中です。あと時間を巻き戻すのも無理です。過ぎたことは変えられません」
女の子が答えた。
「え、時計作ってるの?」
俺は驚いた。
「時計自体は作ってないですね。私は時計に時を操る力をこめて特別な時計にするだけ。この腕時計はお母さんが去年の入学祝いにくれたもの。こっちの懐中時計はお父さんが使わなくなったのをもらいました。それに手を加えただけです」
女の子はニコッと笑った。
「入学祝いにもらったって結構大事なものじゃないか。人に貸して返ってこなかったり、貸した人が逃げちゃったら大変じゃん」
「大丈夫、このふしぎなレーダーで時計の位置が分かるようになっています。時計を使用したかどうかも分かります。使用後に回収しにいくことにしています」
女の子はスカートのポケットから丸い何かを取り出して見せてくれた。普通のコンパクト手鏡だな。妹が同じやつをもっているから分かる。フタの表面になんかマジックペンで絵が書いてある。死神がもっているような鎌の刃の部分が、天使の羽になっている絵だ。これもまたふしぎな力とやらをこめたのだろうか。
「時計を返してもらえなければその人の寿命を全てもらいます」
笑顔で恐ろしいことをおっしゃる。
「ひっ!」
「まぁやったことないですよ、皆さんきちんと返してくれます」
「そ、そうなんだ……」
「では私はここで」
いつの間にか坂を降りていて、今朝この子と出会ったところに来ていた。
「あ、うん。お昼休みももう終わりだね」
「いえ、まだ夏休みなので。今日は図書室の本を返しに学校きてただけです。それじゃ」
女の子はお辞儀をすると走って行ってしまった。そして坂をおりたところにあるすぐそこの病院へと駆け込んでいった。
「ふしぎな子だったなぁ……じゃあ帰るか」
俺はうーんと伸びをして家へ向かって歩き始めた。
俺はまたあの子に会えるような気がした。またパッと俺の前に立ちふさがるのかな、今度は懐中時計も借りてみたいななんて思っていた。でも予感は外れて、俺はあの子に会うことはなかった。
そのまま時が過ぎていくーー
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