転換期の研修生

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転換期の研修生

 これが俺のアイドル道の序章。  帰って受かったといったらその日の夕食は寿司だった。  アイドルに反対していた父親すらも「よかったな」とニコニコしていた。俺も「世界一のアイドルになるんだ!」とアイドルとしての自分に夢を描いていた。  だかまあ、現実はうまくいかない。  周りより劣った顔。劣った技術。その他諸々。  年齢が上にいくに当たって先輩たちのバックにつくことも雑誌に載ることもなくなった。   レッスン終わり、久しぶりに同期と飯を食べに個室の居酒屋にいった。 「はぁ。俺、アイドル向いてねぇのかな」 と呟く。 「ま、お前。元々アイドルやる気なかったじゃん」  そりゃそうだ。だけど、先輩を間近で見ていくうちに変わっていった。  惰性でしていた研修生活動。こんなもんかよ。とガキが一丁前に蹴りを入れたのを見越したのか、その当時有名だったアイドルのバックの選抜に選ばれたのだった。   「どうしたら、キラキラのアイドルになれんのかねぇ」 「そうだなぁ。お前のそのキラキラ路線をやめればいいんじゃねぇの」  佐藤が続け様に言う。 「そもそも、お前のビジュでキラキラって無理があるよ。お前よりイケメンは沢山いるんだぞ?そいつらだって日の目を見れてない奴が沢山いる。そいつらより顔も技術も下のお前が勝てっこないよ」  可愛い顔して右ストレートをかましてきやがったこいつ。 「そんな直球で言ってこなくてもいいだろ!?」  俺は涙目だ。 「お前にあって他人にないのはあれだ」 「なんだよ?」  ゴクリ吐息を飲む。 「そうそれは、リア恋度だ!」  り、リア恋度?だと? 「はぁ?ふざけてんのか」 「僕はふざけてなんかいないよ。いたって正常さ」 「じゃあ、なんでそんなぶっ飛んだ思考になるんだよ」  そういうと待ってましたと言わんばかりにニヤッとした佐藤がいた。 「説明しよう。東。お前の顔は普通だ。中の上の顔だ。それに比べて周りは上の上。そりゃ、人気は顔のいいやつに傾く」  そりゃそうだ。顔のいいやつの悪いやつ。どっちを応援しようかと言われたら、断然顔のいいやつを選ぶだろう。 「だがしかし東。お前は知っているか?」 「なにを」 「顔のレベルが限界突破したやつは「カッコいい」とは思うが「付き合いたい」とまではいかないんだ。あの人、カッコいい!で止まっちまう」 「な訳ないだろ?」 「これがあるんだよ東。俗に言う観賞用枠だ。ビジュアル担当枠はファンは多いが、お金を落としてまで熱狂的なファンになり得るのかといえば答えはノーだ」  ファンが多いのなら、落ちるお金も多いはずだろ。そんな言葉を汲み取ったのか 「テレビとか雑誌を買うだけでいいかなって思う、ゆる推し、ミーハーなファンが大多数を占めるんだ。まぁ、例外はあるがな」  例外はあるのかよ。こいつ、ファンに対して当たりがキツすぎる。 「ま、つまりさ。世の中、リア恋営業だの言葉がある通り「自分でも付き合えそうな顔」には需要があるんだよ。お金を沢山落としたら付き合えそうな顔。そう、君のことさ」 「褒めてんのか貶してんのかわかんねぇな」 「褒めてるよ。リア恋枠のアイドルはビジュアル枠のアイドルよりファンの母体数は少ないが離れていくファンも少ない」 「ファンの感情を踏み躙るなんて俺できねぇよ。そんな、ファンのことを都合のいいATMみたいな見方」 「じゃあ、お前。一生底辺みたいな研修生でいいのかよ。お前は顔は悪いし、ダンスも下手だし。歌は上手になってきたけどそれぐらいだ。年だってとってるしこれから先人気は下がることはあっても上がることはないだろうな」  一瞬、ムカッときたが言われてみればそうだ。  ついこの間には、母親が無言で求人のチラシを置いてきた。もう諦めなさい。と言うように。  年齢的にも今頑張らないと落ちていくのは目に見えている。  「リア恋枠っていってもどうすればいいんだよ」    すっと声が出た。 「まずは自分がいかに付き合えそうな男かをみんなに知らしめるんだ。たとえば、「高校時代の非モテエピ」とかね」 「そんなんでいいのかよ」   「そんなにモテてなかったことが浸透してきたら次は母性に訴えかける。天然キャラとか家事できないキャラとか。私と付き合えば家事なんてしなくていいのよみたいに思わせることが重要だね」  こいつの悪魔的思考。これがアイドルに必要な思考なのだろうか。 「後これも忘れちゃダメだよ。ちゃんとファンのこと好きですよってアピール。ファンの手紙を読んだことを話したりね。人格がいかに優れているかのエピもいいよ」  一区切りついたのかこちらをじーっと見てくる佐藤。 「ここまでして、お前に日の目が当たるかもわかんないよ。まず、事務所の目に止まる必要がある。目に止まって露出が増えたって世間様に気付いてもらえるかは運次第。気付いてもらえても、それが刺さるかもわからない。努力が報われるかもわからない。それでもやるの?」 「俺の夢はアイドルになることだ。今も昔も変わってなぁ。だから、この年齢まで続けてきたしこれからも続けるつもりだ。心が保つまで。だから、アイドルになれるならなんだってしたい。可能性に賭けてみたい」  そこまでいうと佐藤は笑った。「お前はこうでなくっちゃな」というように。 「ありがとう、佐藤。俺のために親身になってくれて。さすが俺の同期の中で1番出世したやつだな」  すると佐藤は顔を赤らめた。 「なんで今日のお前はそんなに素直なんだよ。いつものぶっきらぼうなお前はどうした!?…って言いたいけど。お前は同期の中で1番の努力家だし個人的に報われてほしいんだ。それに一緒のステージに立ちたいしな」 「ま、最後の争いとしてかけてみるよ。今日はありがとうな。セ・ン・パ・イ」 「先輩って。お前な。同期なんだからそういうのやめろ」  同期の佐藤は研修生を一足先に抜け出し今は人気アイドルとしてやっている。人気になれたのは顔や愛敬だけでなくこの分析力のお陰だろう。 「センパイなんだから、奢ってくれるよね?ね、センパイ」 「気持ち悪りぃ声を出すなよ」と言いながら、財布に手を取ってる佐藤はやはり優しい。 「やっぱ、佐藤は優しいよな。俺頑張るわ。お前と同じステージに立つためにも。だから見といてよ。それで俺が泣き言言ったらさ、ケツたたいて前向かせてやって」 「そんなの当たり前だろ。同期なんだから。じゃ、またどっか食べに行こうな」    ヒラヒラと手を振りマスクとバケツハットで武装した佐藤をみてまた、遠くに行った気がした。 まぁでも、 「俺、絶対アイドルなるからみとけや」 そう喉元を通り過ぎたことはあいつには内緒だろう。  なぜかわからないが、目を閉じればリア恋アイドルとして男女笑顔にしている俺が浮かぶ。  キラキラアイドルを目指していた頃は、イメトレさえうまくいかなかったのに。  帰路に着くまで俺は遠くない未来の自分に思いを馳せたのであった。   林 悠斗。26歳。血液型はA。好きな好物は母親が作った唐揚げ。苦手なものは、ねちょねちょしたやつ全般。  人を笑顔にさせる国民的リア恋アイドル目指して日々、勉強中だ。  
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