幼き頃の研究生

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幼き頃の研究生

 小さい頃、保育園の七夕イベント時に「かっこいいあいどるなりたい」と短冊に書いたことがある。  当時の俺は、母親と姉がアイドルにハマっていた影響もあり「アイドル」という存在に物凄く憧れを抱いてた。キラキラして、かっこよくて、そしてみんなから愛される。当時はそのような想いでなりたいと思っていたが、今となれば家族に見て欲しかったのだと思う。テレビより、僕を見てよ!とかそういうやつ。  子供の頃の夢なんて大人なる頃には変わっていて酒のつまみにその話をするか、その頃の夢見てた時期を思い出して戦慄するかのどちらかが多い。  なのに、母親と姉は本気にしたのだった。 「ゆうちゃんは、アイドルになりたいの?」 「うん!ぼくね、きらきらしたあいどるになりたいの」 「ほんとにほんと?」 「ほんと!」  その言葉を聞いた途端、母親はすぐにアイドル事務所に書類を送った。  数日、数ヶ月。数年。みんなが書類を送ったことを忘れて日常生活に勤しんでいた時。  運命は動いた。 「ゆ、ゆうちゃん!」  それは朝ご飯を食べて小学校に行く準備をしようと席を立とうとした時だった。 「なに?お母さん」 「ゆうちゃん!!!」  母親は、血相を変えて口をぱくぱくしながら言った。  「ゆうちゃん、アイドルの研修生のオーディションに選ばれたんだって」  思わず味噌汁を吹きこぼした。盛大に。  そんな、ハプニングに見向きもせず母親は続けてこう言ったのだ。  「絶対に合格しようね」  お母さん。なに、いってるの。僕のアイドルブームは終わったし、お母さんも終わってるでしょ?今は俳優にお熱じゃん。それに僕、今の夢は公務員だし。と言おうとお母さんの目を見るとその目は本気だった。  無言加圧というやつだ。俺は、コクコクと頷くしかなかった。  それから俺はダンススクールに通わされた。オーディションまで残り、二ヶ月を切っている。なんの、勝算があってするのだろうか。小学生ながら思ったが口にはしない。それを言ったが最後、というやつだ。察してくれ。  オーディション当日。俺は都内某所に来ていた。周りには、オーラが凄くて絶対こいつ受かるわーみたいな人。また、自分と同じ匂いがする人と三者三様だった。  ただ言えることは、絶対俺は受からねぇ。っていう自信だけだ。  顔もいい方ではないし、ダンスだって二ヶ月もしてないど素人。  同じ匂いのやつだってダンスが上手だったり、なにか隠し芸でも持っているであろう。  審査中は、やはり周りと悪い意味で浮いており何度か逃げ出したいと思ったぐらいだ。努力もせずにこの場に立って見るからに下手なダンス。歌。こんなのただの見せしめだ。   審査が終わり、控室で待っている中周りがちらちらとこちらを見る。  そんな目で見るなよ。こっちはお前らと違ってなにもかもはじめてのど素人なんだから。と何回か悪態をついた。  空気に耐えられず、トイレに行こうと扉を開けるとスタッフさんとぶつかる。 「うわっ、ごめん。大丈夫?」 「え、はい。大丈夫です」  ならよかったと人好きしそうな笑顔を浮かべ 「それじゃあ、さっきいた会場に戻りましょうか。オーディションの結果発表をそこでします」 と言い放った。  会場に戻ると、周りの空気が変わった。 「それでは、オーディションの結果を発表したいと思います。番号を呼んだ人が合格です。では、」  その瞬間、番号が無機質に呼ばれていく。 淡々と感情も感じれない声色で。 「……17,23,32…」  32。さんじゅうに!?!  おもわず、胸元の番号を見る。  32。とゴシック体でデカデカと書いてあった。  混乱する頭。だがしかし、俺の感情を無視して無機質なそれは続けていく。 「…38。以上で発表を終わります。今回選ばれた13人はこの後説明があるので残っていてください。それ以外の方は退出してください。今回はありがとうございました。今回、落ちた皆様の…」  ぼくが。うかった。ぼくが、うかった。僕が受かった!?!?  現実を受け止めた頃には周りは誰もいなくなっていた。 「君、説明は終わったよ。早く帰らないと親御さんが困っちゃうよ」  それを言われてハッとした。右手にはずっしりと重い茶封筒。  何も聞いていなかった。 「君が良きアイドルになれるよう私は願っているよ。じゃあね。また会える時まで」  
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