四 ・ I miss you

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「俺はこの家を継ぐのはやめる。皆、そうやって人の気持ちを無いことにする奴ばかりだから」 「……」 「十七の時、一人で家にいた時、別れたばかりの父の愛人の女が恨んで押しかけてきてナイフで殺されかけた。危うく逃げたけど、その時階段から落ちて膝を骨折したんだ。でも、父と母はその事実を揉み消した。俺の不注意で起きた事故だって周りに言い放った。当時、市長だった父が数々の女と浮気をしていると世間にバレるのが怖かったんだ。俺よりも世間のことを優先する、この家にいたらおかしくなると思った。そんなこと兄貴には言えない。だから黙って家から逃げた」 ……近藤さんにそんな過去があったなんて。 「それから一人で生きるために強くなりたくて強そうな奴らの仲間になった。でも、結局、喧嘩に負けてばかりで勝手に自信無くして、そこも飛び出して東京に行った。だからあいつらにこの街を捨てた裏切り者だっていつまでも罵られんだけど」  近藤さんは慈しむようなまなざしで私を見つめる。 「だから宇佐美さんがあのコンビニでボコボコにされた俺を助けてくれた時、すげえ嬉しかった。見ず知らずの俺を守ってくれた宇佐美さんがまぶしかったよ」    俯いていた彩芽さんの顔つきに秘められた悲しみを汲むこと。お世話になっていた元さんの洋服店の開業資金の為に家を継ごうとしたこと。  前に店を訪れた光太郎さんが涙ながらにかけてくれた言葉を思い出す。 『ありがとう。このスーパーはいいね。食材と人の気持ちを無にしない。いいスーパーだ』  たくさんのステーキを光太郎さんの悔しさを癒やす為に食べていたこと。 初めて逢ったあの日も。傷だらけになりながらも、俺の天使だと美羽ちゃんを呼んで、一緒に壊されてしまった雪うさぎを作り直していた。 『美羽ね、昨日まーくんと約束したの。帰るまでにうさちゃんにお顔付けてくれるって約束。だからお家に帰る前にもう一度見に来たんだ』  嬉しそうに話す美羽ちゃんの手の中で、緑の葉っぱの耳をつけて、赤い梅干しのおめめと小枝で作られたスマイルを浮かべた雪うさぎはかわいい笑顔を見せていたっけ。  近藤さんは辛い想いをしたからこそ、人の気持ちを無にしない。いつも誰かの為に真っすぐに生きようとしている。
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