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立花美織
朝の日差しを浴びて、鏡とにらめっこしながらチークとリップを付ける。髪をキレイに整えながら、昨日の出来事を思い返していた。
『立花の髪、それ地毛なのか? 綺麗な色してるな』
声を再生するだけで耳は幸せになり、顔を浮かべれば胸が熱くなる。
にやけ顔になっていないか確認をしてから、リビングへ向かう。
うわついた気分でトーストを頬張っていると、慌ただしく階段を駆け降りる音が全てを台無しにした。
「早く準備しなさい」とお母さんに起こされた弟が、不機嫌な顔を下げて椅子に座る。
「……ねむい」
リモコンを咥えようとする手を阻止して、わたしはため息をつく。
「寝ぼけてないで、ちゃんと起きなよ。パンはこっち」
うーんと唸りながら、弟はまだ眠そうな目を擦った。
寝癖を直す時間があったら、まだ寝ていたい。この子はそう思って生きている。
わたしは違う。
どの瞬間も、あの人のことを知りたい時間に変わる。
朝食はパン派かな。それとも米派かな?
サンドイッチから抜くほど、きゅうりが嫌いなことは知っているけど。好物は何かな。
ニュースの占いは、自分の星座と一緒におとめ座をチェックする。急いでいても、必ずテレビの前に立つのを忘れない。
今日の天気は曇り。折り畳み傘を鞄へ入れて、玄関を出た。
数学の宿題が当たるのは苦だけど、英語の授業があるから憂鬱じゃない。嫌なことは、楽しみで上書き出来ると教えてくれた。──先生が。
「今日は寒いですね」
よく会うご近所さんと会話をして、可愛らしい赤ちゃんに手を振る。
いいな。わたしも先生と付き合って、結婚できたらな、なんて妄想しながら。
『なにニヤついてるんだ。俺の顔に何かついてるか?』
『目と鼻と口がついてますね!』
『立花、あのなぁ……』
『あと眉毛も!』
昨日の先生との会話を思い出して、クスッと頬が緩む。あの時のあきれ顔も、かっこよかったなぁ。
電車に揺られながら、窓の外を眺めた。なんとなく視線を下げると、目の前に座るサラリーマンのシャツにしわが寄っている。
あ、先生と一緒だ。
アイロンをかけてくれる人がいないんだ。お昼もコンビニ弁当ばかりだから、きっとそう。
「痛っ!」
揺れた拍子に足を踏まれた。知らぬ顔で謝らないおじさんに頬が膨れるけど、心の奥は晴れている。
先生の声を聴くと心が跳ねて、たまに褒められるともっと頑張ろうと思えるから。
どんな嫌なことがあっても、乗り越えられるような気になるの。
学校のある日は、私にとって、好きな人に会える特別な日。
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