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名瀬透
頭が痛い。昨日は飲みすぎた。
あくびをしながらベッドを降りて、コーヒーだけを口に入れる。あとは何も、朝は食べない。
まだ微睡の中にいる意識を、冷たい水で叩き起こす。ああ、だるい。行きたくないと思いながら。
教師になって六年が経った。〝もう〟とするか〝まだ〟とするか。幸い、まだ続けている。
アイツと別れて四年の月日が流れた。すれ違いばかりだったけど、心から好きだった。
小さなアパートの一室。面倒くさがりな俺と、飽き性の彼女が飾っていたのは、小さなサボテン。
水をあげなくていいし、ほとんど世話の必要がないからと買って一年半が経った。同棲の期間とほぼ同じで、俺たちの共有した時間とも言える。
『透、今年のクリスマスは学校休みだよね?』
『そうだな』
『じゃあ、ディナーしようよ。夜景のキレイなとこがあるんだって。一緒に住み出してから、あんまり外出しなくなったし、たまにはいいなぁ〜って』
『いいね。予約しとく』
『やった! オシャレしていかないと』
決して贅沢な暮らしとは言えないけど、それなりに自由はあったから、二人でいろんなところへ出かけた。
テーマパークやショッピング、旅行も何度かして、全てを分かり合っているつもりになっていた。
いつからだろう。彼女の笑顔がぎこちなくなって、ため息ばかりこぼすようになったのは。
今日は昨日の延長だと思っていた。
夜を越えて、いつも通りの朝を迎えたつもりが隣にいなくて。キッチンから聞こえていた音も、温かい空気も全て消えていた。
特別な一日になるはずの部屋には、『さよなら』の文字だけが虚しく置かれている。
冷静を取り戻すためつけたテレビに、占いが映った。今日はおとめ座が一位だとか、この状況で笑える。
皮肉を言ったつもりだったけど、失くしていたペアリングが見つかって、正直複雑な気分だった。
『……あー、予約、キャンセルしないとな』
なにがダメだったのか。いくら考えても答えは見つからない。
隣にいることが当たり前になっていて、失ってからも、彼女の存在の大きさを改めて実感する。
今はどこかで、幸せにしているんだろうか。
朝が苦手だが、嫌いとは言い切れない。鉛のような重い足を進める先には、今日も生徒が待っている。
「名瀬先生、また眠そうな顔してる〜」
「俺はいつでも眠いぞ」
「あははっ、それ先生が言うセリフ?」
「先生も人間だからな」
「シャキッとしなきゃ、校長センセーに怒られるよ。じゃ、お先で〜す」
「廊下走るなー。叱られるぞ」
元気な生徒の後ろ姿に、フッと唇の端が上がった。
くだらない授業を聞いて、俺を頼ってくれる人間がいる。
そいつらの為に、今日も一日生きてやるかと思えるんだ。
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