麻倉北斗

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麻倉北斗

「ねえ、昨日の配信聴いた? LIV(リヴ)の新曲公開してたやつ」 「ラブソングなんて珍しいよね。でも、めちゃくちゃよかった。なんてゆうか、心臓にくる」 「あのクリアボイスで囁かれるカンジ、たまんないよね。聴いた瞬間死んだもん」  教室で飛び交う会話に、イヤホンでそっと耳を塞ぐ。  一番後ろの隅っこの席で、机に突っ伏しながら空想にふける。  一目惚れだった。  部活帰りで寝過ごした電車の中、ふいに肩をつつかれて、目が覚める。まどろみの中に浮かぶのは、キラキラした笑顔の天使。 『……あの、音、漏れちゃってますよ』  なんのことか理解するのに、時間はかからなかった。  あわててスマホのミュージックを止めて、まわりを見渡すけど、ほとんど乗客がいなかったことに胸を撫で下ろす。 『その曲、いいですよね』 『えっ?』 『友達にすすめられて、わたしも聴いてるんです。あっ、駅ここなので、お先です』  小さくお辞儀をして降りていく彼女を見て、胸の底から何かがふつふつと湧き上がってきた。  見て見ぬふりだってできたのに、優しい子だ。笑った表情もひまわりのようで、愛らしい。  もう数ヶ月も前のことなのに、気付けば彼女のことばかり考えている。  ──麻倉(あさくら)くんって、いつも一人だよね。顔はいいけど、話しかけづらいっていうかさ。  ──あんまり関わりたくないよね。なに思われてるか分かんないもん。  クラスの人は、陰で俺のことをそう噂する。別に悪いことだとは思わないし、好きにしたらいい。  俺の曲を認めてくれた時点で、存在意義は示せているから。  いつも通りの湿った電車で、夜の空を泳いでいく。この鉄の塊が行く先に、俺の望むものはあるのだろうか。  二度と会えるはずのない彼女を思い浮かべて、瞼を閉じかけると。 「あっ、もしかして、この前の……?」  聞き覚えのある声に、パッと顔を上げた。  つるんとした茶髪を左右に揺らしながら、女子高生が立っていた。 「やっぱり、LIV(リヴ)の人だ! 偶然ですね。今日は聴いてないんですね」  耳に指を当てて、にこりと目を三日月にする。会えたこともだけど、それ以上に覚えていてくれたことに胸が熱くなった。  スマホを取り出して、ミュージックを開く。 「……LIV、新曲出たんです。電車で一目惚れする曲で、相手は天使なんで叶わない恋なんですけど。まあまあいい曲ですよ」  もう二度と会えないと思っていた。  名前も年齢も知らない彼女に、恋をしたなんておかしな話かもしれないけど。 「それだけでもう素敵。なんてタイトルなんですか?」  のぞきこむキラキラした瞳が、グレーがかった俺の日常が、少しずつ色づいていく。  なにげない毎日も、すべてが繋がっている。君と出会えた日へ。  これから訪れるかもしれない、特別な一日へ。 「群青カタオモイ」                  fin.
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