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シカルトが好きすぎて、よく厨房に赴いては料理番のルトにまとわりつき質問責めにしたものだった。
大釜に吊るされた鍋では大量の林檎ソースがポコポコに煮立っていた。宮殿にいる者たちの腹を満たすほどのとてつもない量だ。
「林檎は樽一つ分でございますよ、アストナ様。そこに甜菜糖を贅沢に入れるのです。甜菜糖は庶民には高価ですから、これを食べていたククリクの民も特別な日にしか作らなかったようです。味をみてみますかい?」
大匙で鍋を掻き混ぜるルトは父ほどの年齢でルトの子は厨房で小間使いとして働いていた。二人共そっくりな垂れ目をしている人好きする顔立ちであった。アストナの父は皇帝であるから子であるアストナすらもほとんど顔を合わすことはなかった。だからルトのほうがよっぽど父親のようであったが、思い返せば本物の親子とはまるで違う関係だった。
「食べてみたい」
アストナの言葉を受け、ルトは大匙でソースを掬い、小さな皿に取り分けて差し出した。
「熱いですよ。気をつけて」
取り出された白濁したソースにはまだ林檎の果実が残っているところもあり、これはこれで美味しそうだった。もっと煮詰めると黄金色になり、豪華な一品となるのだ。
ふうふうとソースに息を掛けて冷ますアストナに目を細めつつ、ルトはポツリと呟く。
「我々はどんなに不作の年でもこうして食い物にありつけますが……ククリクの民はそうはいかない。今年は動物の数が少ないのも手伝って山の民は半数以上命を落とすと言われていますよ。可哀想なことです」
驚いたアストナからルトは目を反らした。
「アストナ様にこのようなことを申し上げるのは気が引けますがね。都の民ですら今年は苦しいのです。我らがこうして贅沢なソースを拵えている時、街では税の高さを嘆き、村々では木の皮すら食べていると……」
「木の皮? そうなのか? ならば税を下げればよい」
俯いたルトはそのまままた鍋をかき混ぜていく。
「アストナ様は優しいからそう言ってくださると思っていましたよ。ただ、他の皇族方はそうは思っておらぬようです。このような話も気軽に口には出来ぬらしい。苦言を呈する者は片っ端から──」
ルトは空いている左手で首をはねる仕草をしてみせた。
「え? そんなことで殺すのか? 役人か? それとも父が?」
肩をすくめたルトが、さぁと言う。
「皇帝がどこまでご存知かは私らじゃわかりませんしね。やっているのは役人たちと一部の皇族でございましょう」
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