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それまで険しかったルトの表情が和らいで、アストナが持っていたソースをそろそろ味見したらどうだろうと勧めた。アストナは頷いて指でソースを掬い取って舌の上に置いた。甘酸っぱい林檎の味のあとに甜菜糖の甘さを感じた。
「時間が必要だという事ですよ。ソースだって熱々の時に味見をしたところで味なんてこれっぽちもわからないでしょう。時を待ち、頃合いがきたら味をみて、調整していくのですから」
ねっとりとしたソースを見下ろしながら「今のわたしでは若すぎるということか」と呟くとルトは頷いた。
「それまでは何事も準備が必要です。下準備は料理をする過程でも大事なのですよ。アストナ様には多くの味方が必要です。わたしら庶民の心を掴んでおくのも大きな力となります。それから権力者に近づいておくといいかもしれません」
夏でも冬でも暑かった厨房で、アストナはルトから多くのことを学んだ。極上のシカルトの作り方や帝国の歪み。なにをするにも時間をかけてゆっくり準備をしろと口を酸っぱくして言い続けたルトが見ていたのはこの未来だったのかもしれない。アストナが圧政に苦しむ庶民の為に奮起し、やる気を起こせば起こすほどアストナの名は名声となり広まっていった。それは長兄の耳に直ぐに届くことになり、結果こうして磔にされることとなったのだ。ルトの忠告を聞いたつもりでしっかり理解できてなかったことを悔やむばかりだ。
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