イケメンのサブスク

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 冬の昼下がり。白々とくもった空を突きさすように立ち並ぶビルの窓はどれも薄暗く凍えて見える。  歩道を行き交う人々の吐く息も一様に白いが、街並みは華やぎ、そこかしこから流れる古今東西のクリスマスソングが雑踏(ざっとう)を浮足立たせる。  オフィスビルの2階のカフェレストランでランチセットをつつきおえた、制服姿のアラサーOL2人組は、サービスのコーヒーをすすりながら、それぞれ自分のスマートフォンを手持無沙汰(てもちぶさた)にいじくりはじめた。  長い黒髪のOLのほうが、テーブルの上に置いたディスプレイをのぞきこんだまま、両手で器用にバレッタをとめなおしつつ、知的な顔立ちに似合わぬスットンキョウな声で、 「ねぇ、アリサぁ! "ペットのサブスク"って、アンタ知ってる?」 「ペットのサブスク? なにそれ意味わかんないー」  と、アリサは、パステルピンクに真珠色のラメを控えめに散りばめたオフィス受けするネイルの指先で、SNSのタイムラインをめまぐるしくスクロールしながら、こちらも愛嬌(あいきょう)のある童顔には不釣りあいなアンニュイなハスキーヴォイスでオウムガエシに聞き返した。  黒髪の同僚(どうりょう)は、クッキリ整ったマユ毛を左右チグハグに上下させながら、 「月400円で、好きな動物をとっかえひっかえ選んで、自分ちのペットにできるサービスだってさ」 「は? 動物って……本物の? 生きてる動物ぅ?」 「そそ。ネコとか犬とか、ウサギとか。カタログにある動物なら、どれでも好きなの自由に1匹選べて、毎月定額400円で自分ちのペットにできるんだって」 「それが、"ペットのサブスク"? くっだらな! 絶対ありえない。アンタのツクリ話って、リアリティーないからマジつまんない」 「ツクリ話じゃないってば。ネットニュースに出てるから、見てみ?」 「ウソつけぇ」  アリサは、塗り直したばかりでツヤツヤの唇を誇示(こじ)するように突き出しつつ、スマートフォンのブラウザを開いてネットニュースのリンクをタップすると、 「……え、やだ、ガチじゃん、"ペットのサブスク"って? "お気に入りの1匹にめぐりあえるまで、個体の交換(チェンジ)が何度でも無料"、"不備があれば、いつでも返却できます"……不備ってなんなの不備ってさぁ! 倫理観(りんりかん)バグりすぎじゃね?」 「世も(すえ)だよねぇ」 「ホント信じらんない! 400円ってタバコより安いし。てか、運営の公式SNS、大炎上してるじゃん。ざまぁ。命あるイキモノを無責任にサブスクでヤリトリするとか、どうかしてるもん」 「でもさ、そのサブスクでヤリトリされるのって、捨てられて殺処分(さつしょぶん)される寸前のペットばっかだってよ。殺処分(さつしょぶん)されるよりは、まだマシなんじゃん?」  同僚(どうりょう)は、したりげに言いながらスマートフォンをトートバッグにしまうと、飲み残しのアイスコーヒーをストローでズズズッとすすった。  アリサは、スマートフォンを握りしめた手を子供っぽく顔の横でブンブンふり回した。  栗色のフワフワしたショートボブが、肩の上にフワフワ波打つ。 「サイテー! そもそも、そのペットたちを捨てたのは人間でしょ? その人間どもをサブスクすればいいじゃん!」 「人間のサブスクって。それこそ意味わかんない」 「え、……ちょっと待って。ガチであるじゃん、"人間のサブスク"!」  再びスマホをのぞくと、アリサは、黒目がちの大きな目を丸く見開いた。  同僚(どうりょう)は、ゲンナリとタメ息をつく。 「アンタのツクリ話、リアリティー以前にセンスがない」 「ガチだってば、ほら。このウェブ広告、見てよ。"今ならクリスマス・イブまでに間に合う、素敵な恋人のサブスク"だってさ」 「レンタル彼氏とか彼女みたいなやつ?」 「そんなレベルじゃないよ! ペットと同じく、"恋人"はサブスクの利用者の家で一緒に生活する……って書いてある」 「赤の他人と同棲(どうせい)するってこと? 怖っ! ペットのサブスクより、よっぽど闇深(やみふか)いじゃん」 「なんでよ。人間なら、イヤなときはイヤって拒否れるじゃん。犬やネコは、どんなにイヤな飼い主に当たっても逃げ出せないんだよ? ペットのサブスクのほうが闇深(やみふか)いよ!」 「じゃ、試しに利用してみればいいじゃん、"恋人のサブスク"。誰でもいいから彼氏を見つけて、今年こそクリぼっち回避するって騒いでたじゃん、アリサ」 「な、なによ、バカにして! こんなウサンクサいサブスク、アタシが利用するわけが……」  はげしい怒りが語尾まで持続しなかったのは、スマートフォンのディスプレイに映し出された"恋人のサブスク"のカタログの中に、自分が頭の中でバクゼンと思い描いてきた"理想の男性像"に、あまりにもよく似たイケメンを発見したからだった。
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