殺し屋と誕生日

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「出来たぞ」  二十分ばかりが経って、ビートが机から顔を上げた。  机の上には、たしかに鉄道模型の完成形が出来上がっている。  色がまだ塗られておらず、素朴だが、しかし、たしかに見事な完成品だ。 「これで思い残すことはない」 「本当に?」 「なにかあるかね」 「色がまだだわ」 「ふむ……いや、まあ、そこまではいい」 「そうかしら」 「色を塗り始めればこの場で終わる仕事にならん、君も待てなかろう」 「それはそうね」  私は、部屋を見回してみた。  この鉄道模型の『仲間』が――つまりは、色を塗られた完成品が、どこかにあるかもしれないと思った。  しかし、この部屋には、机の上の、たったいま作り上げられた物以外、鉄道模型はどこにもなかった。 「完成品は、別の部屋に飾ってらっしゃるのかしら?」 「模型のかね?」 「ええ」 「この家にはないよ。孫にやってる」 「お孫さんに?」 「ああ、プレゼントしてる。毎年。誕生日に」 「ふむ」  私はふたたび、机の上の鉄道模型を見た。  よく見ると、見事、と言えるほどの出来栄えではない。  つたないなりに努力して組み上げた、と言った方がいいだろう。 「お孫さんの誕生日のたびにだけ、作ってらっしゃるのかしら?」 「そういうことだ。初めの頃はともかく、もう、それほど喜びもしないがね」 「次の誕生日はいつ?」 「――四日後だ。この家でパーティーをする」 「その時に色を塗って渡す」 「そうだ」  私は少し思案した。  そして、爪を下ろす。 「おいおい、どういうことだい」  ビートが驚いたような顔を見せる。 「四日後にしましょう。あなたはお孫さんの誕生パーティーのあとに死ぬ」 「君は慈悲深い死神だな」 「たまにはね。ただ、慈悲にも限度がある」 「と、いうと?」 「もし、私がここから立ち去るまでのあいだになにかしたり大きな音を立てたら、今日になる」 「分かった」  私はビートに背を向け、歩き出した。  大した困難もなく、裏口から出る。  裏口のそばでは、まだ、さっき眠らせた男が倒れていた。
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