五、二〇一七年四月十日

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五、二〇一七年四月十日

春休みが明けて、始業式の日が来た。とうとう受験が迫ってきたのを身に感じる。 桜が咲く時期に新学期とはいかず、北海道は五月にその花を咲かせる。だから、大して春らしい変化を大きく感じられず、四月を迎えた。 雪も今年は粘り強かったし。 でも一つ大きな変化があったらしい。 それは周囲の視線が物語っていた。 自分の黒い前髪をちょっと耳にかけて教室に入る。 緊張で足が何度も止まりそうになった。 黒板に貼ってある座席表を見て席に座る。まあ、去年と同じクラスメイトだから、出席番号でなんとなくわかるんだけども。 微妙に真ん中ら辺の自分の席に座ってなんとなくスマホとか筆箱とかを出してみたりする。 他のクラスメイトの声が、笑い声が自分に向けられたものではないかと時々感じた。自意識過剰だと思う。けど、十七歳の僕には、恐怖だった。 そのうち、一人の女子が話しかけてきた。晴山さんだ。 「せ、瀬戸君?」 「ん?何?」 声が上ずってないか心配で仕方がない。 「うっそ、本当に」 彼女は映画の怪獣が実際に出てきた時のような反応をする。そんな反応は多分人生で一度もないんだけれど、そういう反応だ。晴山さんは両手を口に押えて、ちょっと遠くの友達集団と目を合わせた。 何、怖い。 でもその後の一言で少し気が楽になった。 「かっこよくなったね」 「……ありがと、う?」 なんて言っていいか分からず、疑問形にしてしまった。 「え、お前瀬戸なん」 「瀬戸君だよね」 とその後ぞろぞろとクラスメイトが僕の周りに集まってきた。 話を聞いていると、僕が転校生とか思った奴もいたらしい。最低一年間も一緒のクラスだったのに。 「ねー、どうやったのどうやったの」 「なんでなんで」 特に女子からの集団聞き取り攻撃を食らって少し身を引く。そんなに変わったかな、春休み頑張ったけど。 「みんなどーしたの、って涼真」 と、始業式の日にも朝練という親友が教室に入ってきた。 「瀬戸君が、垢抜けた!」 今日はその話題が半日ほどみんなの中心になった。なんだか恥ずかしくて、照れくさくて、騙されてないかとか思っちゃって。 でもよかった。成功したみたいだ。 その後はいつもより多くクラスメイトと話して過ごすことになった。 *** 「涼真、昼食べ行こ」 いつもは別々に食べる彼が僕を誘ってきた。 右手にはお弁当用の紺色の小さな袋を持っている。 「うん、でも部活の子とじゃないの」 「今日はそれどころじゃないから」 「ん、どういう」 「弁当もって来て」 言われるがままに、そして流れるように彼について行く。彼の後ろで、彼の爽やかな空気を感じ取る。本物だ、と感じた。 彼について行くと、隣の校舎の視聴覚室に着いた。 「ここ意外と誰も来なくていいんだよ」 なんて彼が笑顔で教えてくれた。 二人同時にどすっと椅子に座る。 「どうしたのさ」 急に彼は話し始めた。 「何が」 「ちょっとかっこよくなっちゃって」 目を細めてにっと彼は笑う。 「……ありがと」 「何好きな人でもできたん」 「いや、前言ったじゃん」 「え、あーーあれ?」 細かった目が今度はまん丸になる。 彼は喜怒哀楽がわかりやすい。 「え今」 「あー、驚かせようと思って」 「いやすごいわ」 今日はたくさん褒められたから、何か恥ずかしくなってきた。なんでだろう。 「何やったの」 「んーおっきい二重作って、肌のケアして髪切った」 「さらっと言うけどがちですごいかんな」 「そうかな」 確かに頑張ったなあとしみじみと今思う。 「整形じゃないんでしょ」 「おん」 「いやすごいわ」 箸で挟まった白米の少し大きな塊を彼は口に放った。 綺麗な頬の曲線がもぐもぐと動く。 「でもやっぱ好きな人出来たんでしょ」 「いやないし」 「ばらさんからさ」 その後似たような言葉が繰り返された。いや、だから出来てないって言ってるのに。そんな彼は子どもっぽかった。 遂に別の言葉で抵抗する。 「そんならさ、大智はいないの、好きな人」 「えー、ないない」 案外あっさりと否定されて安心感が芽生えた。 教室の窓から黄色とオレンジ色のちょうど中間の色をした光が、机と僕らを照らした。 彼は続けた。 「青春した方がいいよ、今のうちに。俺か言うのもなんだけど」 「……大智がいれば、今はそれで楽しいし」 「何それ」 ははっと一回笑って二人の息が止まった、気がする。二人で顔を見合せて、目と目がぴったりあってしまう。赤茶色い目。気まずくなった。沈黙に耐えきれない。 「だから、別に独り身でいーの」 「そんなもんか」 とここで彼は身を引いた。 お弁当が、いつもより冷めている気がした。
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