八、二〇一七年九月二十七日

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八、二〇一七年九月二十七日

遂に文化祭当日になった。 珍しく緊張した様子の彼に「頑張れ」と声をかける。 「やばい、急に緊張してきた、昨日までなんもなかったのに」 「大丈夫だよ、大智は、顔でいける」 「いや演技のこと言えよ」 ははっと軽く彼は笑う。独特の衣装を身にまとった彼は、まさに本から出てきた王子だった。 『これから、平成二十九年度北海道立条西高等学校文化祭を開始します』 文化祭実行委員長の放送が流れた。 その直後に歓声に近いみんなの声が発せられた。それぞれが自分の持ち場に着いたり、遊びに行ったりし始める。 劇が始まるまでの一時間は一瞬だった。 彼は「緊張する」と何度も言いながらも、教室に入ると、堂々としたいつも通りの姿を見せた。 僕は友達と他の出し物を見て回ることにした。 *** 「あっ」 「おー、瀬戸君」 廊下を歩いてきた晴山さんと八代さんに出くわした。 明るく晴山さんが返事をしてくれる。彼女達は、他の女子がやっているように目の下あたりにキラキラしたシールを貼ったり、髪型をアレンジしたりしていた。 明るい色のクラスTシャツが彩りを添える。 ちょうど一緒に回っていた友達が出し物の運営担当になってしまったので、僕は一人で廊下にいた所だった。 「ねえさ、うちのクラスの劇めっちゃ評判いいよ」 「そうなの、よかった」 晴山さんに返事をしつつ、八代さんの方を見る。 彼女は晴山さんの右腕に自分の腕を巻き付けている。 あれから八代さんとは気まずいので、作り笑いの掛け合いが行われる。 「次の回とかで見に行ったら?私達も見たけど、南野君めっちゃ演技うまい」 「え見に行く」 「じゃあ、私達回ってくるねー」 「うん、またね」 軽く手を振りあって別れる。 はしゃぐ声、笑い声、お化け屋敷の叫び声、歓声。色々な声や音が僕を通過した。華やかに彩られ、いつもと違う姿を見せる学校は、眩しいほど明るかった。 *** 「これから三年D組の劇、『普通の国のアリス』始めます」 クラスメイトの男子が劇の始まりを告げた。相変わらずタイトルに既視感を覚える。まあ文化祭なんてそんなもん。 注意事項みたいなものを言い終わり、いよいよ本番。 長い劇だから要約すると、主人公の女の子が不思議な世界に迷い込んでしまう話。でもその世界は実は僕らの社会を反映したもので、王子との恋愛に苦戦し……というストーリーだ。 特記すべきことは、幼馴染の彼が登場した瞬間何人かの観客(特に女子)が小さく叫んでいた事。まあ分かる。 あと、終盤の主人公と彼のシーン。 『それじゃあ、この世界はどんな所なの』 『ここでは、みんなが普通に暮らしてるさ』 『普通って何?』 『普通は、普通だよ。君のいた所でも言うでしょ?』 『そうね、でも何で私があなたを好きになってはいけないの?』 『それは、人によって好きになる基準があるんだ』 『どういうこと?何で私はだめなの?』 『普通、君みたいな人は僕を好きにならないし、僕も好きにならないよ。友達にはなるけど』 『それって理不尽じゃない?』 『いや、それが普通だから』 『何がいけないの?』 『君と僕は同じ人間だってことかな』 『私が今まで会ってきた動物や、へんてこな生き物ならいいってこと?』 『まあそうだね、普通』 『じゃあ私みたいな人は珍しいの?』 『うん、差別とか受けやすいから気をつけた方がいい』 『普通はそうなのね』 『僕は別に否定はしないけど……僕の両親だって友達の両親だって人間同士じゃないよ』 『あなたの両親、王様と妃様はどんな方なの?』 『ジャガイモの妖精とお寿司の精霊だよ』 『どうしてこんな綺麗な王子が生まれたの!?』 『僕は、綺麗だなんて一度も言われた事ないよ』 『ええ!?じゃあ、仮にあなたと何か別の動物が結婚したら、子どもはどんな姿になるのかしら』 『さあ、相手にもよるけど……人間じゃないかな、普通』 『なんでそうなるの!?』 僕は聞いていて八代さんの気持ちが脚本に深く入り込んでいることを感じた。自分の身にも置き換えてしまう。 結局王子とは結婚できず、でも元の世界に戻れた主人公。前を向いて歩き出すが、実は自分も人に『普通』を押し付けていたことに気がつき、物語はハッピーエンドとは言えない終わり方をする。 感動のシーンや面白いシーンがいいバランスで入っていて、劇として八代さんに才能を感じた。あと、彼の顔が今日はメイクもされているせいかより美しく見えた。 八代さんから、あの事件の後脚本について話した時、こんなことを聞いた。 「現実はそう甘くないから、完全なハッピーエンドには出来なかったの。するべきだったかもしれないけど」 僕は自然と答えていた。 「いいんじゃない?僕は八代さんらしくていいと思う」 *** 二日間にわたる文化祭が終わった。 最後に放送で各クラスの出し物の授賞式があった。 文化祭実行委員長の声がスピーカーから出てくる。 「二年生飲食部門一位、二年B組」 そしてとうとう三年生の演劇部門の発表になった。 「三年生演劇部門」 しんと学校中が静まり返る。 僕はちらっと八代さんの方を見る。なんだか諦めきったような、疲れたような顔をしていた。現実は、物語通りいかないと言っていた彼女らしい。 「三年D組『普通の国のアリス』」 一瞬の間があった後、教室中が歓喜の声に包まれた。みんなでわあっと叫んで、喜んで。 現実も、時にはいいもんじゃないか。八代さん。 もう一度彼女の方を見ると少し下を向いていて、前髪の隙間から見えるその目からはうっすらと涙がこぼれていた。 僕のクラスは、幸せの感情で溢れかえっていた。 少し早い秋の風が、頬をかすめた。
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