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「あれ~珍しい。まだこんな時間まで残ってたんだ。何してるん?」
教室の扉が開くのとほぼ同時くらいに、飛び込んで来たその声の。私は一瞬手を止めて顔を上げると仏頂面で答えた。
「日誌書いてんの。今日は日直だったからね」
私は普段1年A組の学級委員長をしている。この役職、なり手としては2パターンあるんじゃないかと想う。
一つはクラスの中でも人望があって人気があってリーダーとして皆を引っ張っていくという気概があり進んで自分からなる、或いは推薦されるって物。もう一つは誰一人成り手がいない為に「あいつでいいんじゃね」と適当におっつけられる物。私は後者だった。
学級委員長は中学2年の頃に一度経験した。それを担任はしっていたのだろう。最初のホームルームで委員長を選ぶ際に私の名前を出したのだ。他に立候補者はいない。内申面倒だなとは思いながらも、そこまで強く拒否する気力もないままに私、東雲塔子は1年A組の学級委員長として承認されたのである。
「あ、そうか。委員長も大変だ。でも、いいじゃん。日直で更に委員長。二つの役職を持つ女。それって何か偉い人の感じしない?」
「するわけないだろ。別に普段の委員長だって偉い訳でもないし、誰にもそんな事思われないのに」
言いながら私は両手を頭の後ろに置いて椅子の背もたれに寄りかかってぐっと逸らすように力を込める。
今日は授業終わりに諸々の雑用を終わらせた後、更に担任の降矢先生からプリントの印刷と折り込みを手伝う様に頼まれた。それを終わらせて日誌の記入。前のめり気味に作業を長時間行っていた為、背筋が伸びて気持ちがいいな、などと考えていると、
「思ってるよ」
「え?」
意外にシリアスな声が返ってきた。
「私は東雲さん、偉いって頑張ってるって思ってるよ」
「そ、そんな事もないよ」
そもそも彼女が少しまで口にしていた偉いという言葉の意味と今、口にしている言葉の意味には違いがある筈だが、そんなツッコミを入れるのも思い留まる程の空気感。
時刻は十七時頃。十月に入って日没も早くなった。
窓の外の向こうには海が広がり茜色の夕日が波間に照らし返すのが見える。
そしてそれは今私を見つめている彼女の顔も又薄く茜色に染め上げていた。西日が差す場所は人間の生活環境で言えば良いとは言えない場所だろう。まぶしいし目にも悪そうだ。
でも彼女は、そんなことも気にしない様子で私の事を覗き込むように目をやってくる。私も半ば見惚れるようにそれを見つめ返した。
夕日の光を背に受けて逆光で薄く陰に隠れながらも、その端正な顔つきは隠すことができない。同性である私ですら間近で触れることにドギマギしてしまう。そんな私の内心をしってか知らずか少し小首をかしげる彼女。軽く巻かれたココアブラウンのミディアムヘアが小さくなびいて私の頬に軽く当たるのを感じる。
「ねえ。いいんちょは好きな人いる?」
あまりに唐突な質問。彼女が何故そのようなことを聞いてきたのか、測りかねながらも「えっ……。えっと、いないかな」と我ながらつまらない言葉を吐いてしまった。。
「そっか」答える彼女の口調表情からもその真意を掴むことは難しい。
「そういう……」あなたはどうなの?と言いかけて私は言いよどんだ。
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