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「えっと……そうなんだ」
私はその言葉に呻くように言葉を返す。
声に出していないと思っていた問いに答えが返って来たこともさることながら、そのまま答えてくれた事に驚いたからだ。
「うん、大好きな人」
こちらの反応をどう思っているのか、真意は計り知れないが表面上は屈託ない。その様子に私は思い切って今まで胸に秘めていた疑問をぶつけてみる。
「そ、それって、ひょっとして熊谷……くん?」
「へ?」
その名前を口にした途端、彼女の表情が強張って固まってしまったのを感じる。が、すぐに破顔してこういった。
「あっは。違う違う。く、熊谷って優斗のことでしょ。ないない、有り得ないよ」
私たちが話題にしている男の子は熊谷優斗と言うクラスメイト。でも、えりなにとってはそれだけではない存在だという事を私は知っていた。
「で、でもさ。古い付き合いなんでしょ。子供の頃からずっと一緒だったって聞いたよ」
「うん。まあ、ね。家も近所だし、幼稚園の頃から今まで学校も一緒。クラスも結構一緒の事が多かったかな。小さい頃は家族ぐるみの付き合いも頻繁にあって、夏休みには海とかプールとか山にキャンプいったりとしたこともあるよ」
所謂幼馴染という奴だ。そんなに小さい頃から常に一緒にいる男女のこと。お互いに異性として意識することもあったりなかったりするのではないか。しかし、この疑問も口に出すまでもなく伝わったのか彼女は更に言葉を重ねて否定した。
「だから、ないって。んと、私ね。小さい頃は結構やんちゃだったの。髪もめっちゃ短くて、半そで短パンで男の子と駆け回って遊んでた。野生児って言われてもいいくらいだったかも」
「え、そうなんだ。何か、意外かも」
今のえりなはどこからみても完璧美少女という感じに見える。そのえりなが男の子と公園でジャングルジムに登ったりしていたというのか。なんだかイメージが湧かなかった。
「んふふ、そうかもね。優斗も小学校三年生くらいまでは私よりも小さくてね。力でもこっちが圧倒的に強かったんだ。逆らったら拳固一発でいう事きかせたり」
「お、女ガキ大将」
想像よりもバイオレンスな日常。聞けば聞くほど今の彼女と繋がらない。
「あはははははは。まあ、当たらずとも遠からずかな。それはそれで楽しかったんだけど。でも、時の流れは残酷だよ。お互いが成長するにつれて優斗の身体は私をドンドン追い越して大きくなってってね」
低年齢の頃は男子よりも女子の方が成長速度が速い。同い年でも女子の方が身体年齢も高く、運動能力が高いことも多い。でも、それは時が経つにつれて逆転していく。
「えりなの方が男の子の遊びについて行けなくなったと」
「身体だけのことじゃないよ。遊ぶグループみたいなのも、男の子と女の子じゃ別れるじゃない?」
それは多分にある話だ。思春期を越した後の中学生や高校生の女子が男子と遊び歩いているというのとは意味が違うかもしれないが、それでも『自分達』のグループには属さず男子とばかり遊んでいれば『変な子』扱いはされてしまうというのは容易に想像がついた。
「確かにね。他の女子からしたらそういうことは意識するかもしれないね」
「そ。えりなちゃんは男の子と遊んでばっかりだね。みたいに言われてさ。それでも、他の女子に言われてた頃は別に気にしなかったの。男子とか女子とか関係なく楽しく遊べる相手がいればよかった。でも、それも続かなかった。当の遊んでいた男子もさ、やっぱり意識しちゃうもんなんだよね」
苦笑交じりにそう答える彼女。
「ああ。そういう物かもね」
男子の中に女子が一人。それはグループ内に女子がいるという事を意識するということだけではない。そこに引っ掛かってしまうと他の男子グループや女子グループからの目も気になってしまう。
「で、三年生くらいの時に優斗に言われた訳。もう余り一緒に遊ぶのは止そうって」
「ストレートに言われたんだ」
「うん。内心納得いかなかったけど、でも、理由はわかってたからさ。素直に従ったの」
話の内容は彼女にとって苦い思い出なんじゃないかと想うのだが、意外に口調は淡々としていたし表情も穏やかだった。
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