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「でもさ。家族ぐるみの付き合いで近所に住んでたんでしょ」  学校ではお互いに距離を置くこともできない訳ではないだろうが、近所に住んでいて家族ぐるみの付き合いもあるとなると、彼との関係はそう容易く切ることも難しいのではないか。 「まあ、ね。家族同士いる時は別に普通に接してたし。別に仲が悪くなったわけじゃないからさ」 「でも、えりなはそれで良かったの? まだその時小学生でしょ。私なら割り切れない感じがするけどな~。その頃から随分大人だったんだな」  その話を聞くと今現在の彼女自身とイメージが重ならないでもない。活発な行動をしていても中身は早熟だったということか。 「ん~。そういう訳でもないんだよね。優斗と距離が空いた分、しおちゃんと良くお喋りしたりするようになったんだよ」 「しおちゃんって……」  突然出てきた名前に私は戸惑いを覚えてしまった。それに対してえりなは慌てたように付け加えた。 「あ、ああ。ごめん、しおちゃんって熊谷しおり先生の事ね」 「あ、そうか。熊谷先生って熊谷優斗君のお姉さんだったんだよね」  熊谷しおり先生はこの学校の養護教諭だ。苗字が同じことからも分かる通り、熊谷優斗君の実の姉に当たる。 「うん。しおり先生は私が小学三年生の時、高校一年だったの。受験が終わって余裕が出来たのもあったのかもしれない。熊谷のお家に集まる事が多かったんだけど、そんな時もさ何となく優斗と私が子供なりにギクシャクしたのも感じたみたいなんだよね。だから、しおり先生には間に入る形で良く構って貰ってた」  その内、家族ぐるみのイベント以外の時にもしおり先生目当てで熊谷家に訪れたりもする様になったらしい。 「でも、小学三年生からしたら高校生のお姉さんってすっごい大人に感じるよな」 「うん。相当私に合わせてくれてたと思う。それが嬉しかったな。私は一人っ子だからお姉ちゃんができたように思えたの男の子みたいに飛び回ってた私が年相応の恰好とか振る舞いとか気を付けるようになったのも、しおり先生の影響が大部分大きいのよ。お買い物なんかも一緒に行ったりとかしたしね」 「へえ。じゃあ、今のえりなが有るのは熊谷先生のお蔭って訳か」  それで得心がいった。彼女が語る子供の頃の姿と今のギャップ。それを導いてくれた人がいたわけだ。 「うん。それは間違いないよ。で、そのきっかけを作ってくれたのは良くも悪くも優斗なんだよね。だから、邪険にしたことも今じゃ恨んではいないんだよね。感謝してるくらい」  しおり先生のとりなしもあったのだろうか、中学生くらいから優斗君とえりなの二人はわだかまりが溶けたように普通に話ができるようになっていったとのことだ。 「そっかー。あ、じゃあさ。しおり先生達の結婚式とか参加したりするの?」 「……ん、どうだろう。まだいつだか決まってないみたいだしね」 「そっか。でも、びっくりだよね。あのフル先としおり先生が婚約だなんてさ」  フル先というのは私達のクラス担任のあだ名。本名を降矢浩二という理科教師。歳は確か35歳だったと想う。身体はがっちりとして薄ら無精ひげを生やした、まあ普通のオジサン教師って感じの人。その降矢先生としおり先生が婚約したと聞かされたのは先月のことだったか。学校中が寝耳に水で驚いた。しおり先生は凛とした感じのスマートな美人で、言っちゃ悪いけど降矢先生とは釣り合わない様に思えたからだ。何でも降矢先生から相当なアプローチをしたとか。 「そうだね。私も全然知らなかったからびっくりしちゃったよ」  私の問いにたいしていつしかえりなの口調が固くなっているように感じた。 「……寂しい?」 「え?」 「しおり先生の事、お姉ちゃんみたいに感じてたんでしょ。だから寂しく感じたりしてないのかなって」 「ん~、そうだね。寂しくないと言えば嘘になるけどさ。幸せになって欲しいって思う。だから、彼女が決めたことなら喜んであげなきゃ……」  えりなは更に「しおちゃんが決めた事ならね」と呟くように言った後、口調を変えて続けた。 「ま、まあ。それは兎も角。優斗はどうしたの? 学級委員の仕事なら二人でやるべきじゃない」  何となく取り繕うような空気も感じたがこれ以上突っ込んでも仕方なさそうなので、話題にのることにする。 「ああ、彼なら文化祭実行委員の方へ行ってるよ」  来月に控えた文化祭に向けてクラスでも出店や出し物をすることになっている。  そして、私は学級委員長で彼は副委員長だ。諸々の取り決めの確認やらの確認の為、何度か事前会合が行われることになっている。本来は私が参加しなければならないのだが今日はクラス雑務を仰せつかったので、会合には彼だけで行ってもらったのだ。 「ああ、文化祭ねー。全くせっかくの機会をこうやって棒に振って運のない奴」 「え? な、何が?」  その言葉の連なりは今の今まで喋っていた内容と繋がらず私は戸惑う。 「べっつに~。えっとやるのクレープ屋だっけ? 楽しみだね」  私達のクラスはクレープ屋をやる事になっていた。実際にやれば楽しいのだろうが、私の立場はその前の事前準備やら確認やら、役割分担やら諸々を取り決めてみんなに了承してもらわなきゃならない。正直頭が痛かく憂鬱になった。 「まあ、ね。みんなに楽しんでもらえれば、あたしゃ本望だよ」  軽く委員長を引き受けたことを後悔しかけたが、それを吹き飛ばすようにわざとそんな言葉を吐いてみる。 「にゃははははは。そんな言葉使いしているとすぐにお婆ちゃんになっちゃうぞ」 「もう、ワシも若くないわい。えりなさん、昼飯はまだかの」 「にゃははははは。お婆ちゃん、もう食べたでしょ」  そんな他愛ないやり取りをした事で少し気が晴れる。 「お婆ちゃん、お肩を揉みましょうね」  えりなは更にふざけたような口調でありながら、私の肩グッグッと指圧する。意外に程よい力加減で気持ち良かった。 「ありがとうや。えりなさん」  未だふざけてそれに答えた私。しかし、それに対してえりなは突然後ろからがばっと私の両肩を抱く。そして、 「うん。お互いに頑張ろうね」  といった。
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