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 これからの話は全くの余談だ。  あの後、警察へ連れられた熊谷先生は全てを話したという。  警察の捜索でえりなが使っていたピンクのスマートフォンも見つかった。そしてその内容からえりなと先生の関係は証明された。また、メモ帳の中に記入してあったえりなの殺人計画も発見された。  本来なら色々な意味で証拠品となる物だ。処分していてもおかしくなかったのだろうが、先生にしてみればえりなとの想い出の品だ。彼女の想いが全て詰まったスマートフォンを失くすことは出来なかったのだろう。  そして、それが露見して学校は一次的に更なる大混乱に陥った。  生徒が教師の殺害を計画した上に返り討ちで教師が生徒を殺害。更に、その生徒と付き合っていた女性教師が婚約者の教師と校長を殺した。 字面で観れば相当センセーショナルな内容だ。事件直後から少し経過して姿を見せていなかったマスコミも再びやってきた。それを追い払う教師との間でちょとした揉め事なども起こって一頃は騒がしい思いもした。  暫くしてそれも収まったが、週刊誌やネットメディア、SNSなどでは詮索好きな連中があることない事好きに書き立てたりもしていた。  ただ、学校内は前より落ち着いてきたようにも思う。クラスのみんなは真相を知らされてもえりなの事を表立っては悪く言わなかったし、香が皆でお墓参りに行けたらいいねなど提案して【行こう、行こう】と、それに乗る人達もかなりの数いた。その中には控えめながらひなの姿があった事も申し添えておこう。 「その時には又お花を作らせてもらおうかな」と本宿さんも言ってくれていた。  宮前まいは未だ謹慎中だが退学は免れたとの事。一応、ひなやしょう子とは連絡を取り合っている様だ。 「東雲さん」  扉が開いて耳に入って来た声が私を現実に引き戻す。  ここは放課後の教室だ。今宮先生に頼まれたプリントの折り込みをしている所だった。 「ああ、お疲れ様熊谷君。どうだった?」  学校内の混乱はまだ続いていたものの、時間は無慈悲に進む。当然予定された文化祭の日だって迫ってくる。この状況のまま文化祭を開催するのか場合によっては取りやめもやむを得ないという声も上がっていたという。 「うん。とりあえず文化祭は決行するみたい。ただ、マスコミとか野次馬対策の為に招待制になるってさ」 「ああ、まあ仕方ないね。やれるだけ良いもんね」  つまり、入場者は生徒の家族や親類縁者、校外の友達など限定されるということみたいだ。 「うん、そうかもしれない。でも中には反対意見もあってね不謹慎じゃないかって」 「言いたい事もわかるけどさ、でも、私はやるべきだと想うよ。この空気をぶっ飛ばすためにもさ」 「確かにね。えりなも……言ってたよ。文化祭楽しみだって」 「ああ。そうだった、私もそれ聞いたよ」 「うん、それに……頑張れってね」 「それも、言われたな」  そうだ、確かに言っていた。この教室、この場所で私に彼女はそう言った。でも、今一その言葉の意味が量りかねてもいたのだ。 「あの、さ。東雲さん。その、色々ありがとうね」 「え? ありがとうって何が?」 「姉ちゃんとえりなの事だよ。昨日姉ちゃんと話をしたんだ」 「別に私はお礼言われる事はしてないよ」 「いや、そうじゃないよ。僕にはわかるんだ。東雲さんが二人の気持ちを考えてくれたこと。本当なら僕がしてあげなきゃならなかったんだ。分かってあげなきゃならなかったのに」  自分の姉と幼馴染の置かれた立場。彼にしてみればそれを知ったのは全て終わった後だ、もっと早く知っていたらという後悔はあるのだろう。 「そんなの仕方ないことだよ。私だって気づいたのは偶然みたいなもんだし。本来、人の気持ちなんて他人が推し量ることはできるもんじゃないよ」  それに二人の気持ちを私は分かってあげれたのかも自信はなかった。 「うん。そうだね、それは中々難しいよね。で、あのさ……」 「何? どうしたの?」 「最後にえりなと話した日に何か言ってなかったかな? その、僕の事」 「熊谷君の事? 幼馴染だって言うのは聞いたけど」  そしてそうだ。そもそもそれを聞いたきっかけとなったのは、えりなと優斗君が付き合っているのかを確認したところからだったけ。 「そ、それだけ?」 「うん。それだけだったと想うけど何かあったの?」 「いや……いいんだ。それなら、ごめん気にしないで」 「そんな言い方されたら気になるよ。一体何を……」  と言いかけて私はある事に思い当たった。それはえりなと最後に交わした会話だ。  彼女はまず私に【好きな人いる?】と聞いた。そして話の流れの中、優斗君は文化祭の会議に出て、私は教室にいる事となり別れ別れだという話の中【全くせっかくの機会をこうやって棒に振って運のない奴】と言っていた。  それから帰り道、優斗君に対して私を送っていくように言ったとも。  この事から導き出される答えは多くない。つまり熊谷君は私に好意を抱いていて、それをにえりなに相談したという事だ。でも、そうだとしたらどうしよう。  正直、熊谷優斗君をそういう意味で意識しては来なかった。それに誰かに対して本気で恋愛感情を抱いたこともない。そうした物をぶつけたこともなければぶつけられることもないと想っていた。  でも、それに気づいた今どうしたらいいだろう。困ってしまう。別に彼が嫌いではないし、今の彼の微妙な立場も分かる。でも、だからこそ簡単に答えはだせない。いや、そもそも勘違いかもしれないし、そうじゃないかもしれないし。そうだとしても、彼からまだ何もアプローチを受けていない段階で何かいうのも違うかもしれないし。  混乱しながら思考を巡らせているとそこへ、 【頑張って】  突然あの日聞いたえりなの言葉が頭に響いた。反射的に私は窓の外を覗く。  外は真っ青な秋晴れの空が広がっている。それを見て少し心が晴れやかになった私は、 「あのさ……」  言葉を探りつつ彼に言葉を掛けた。                                  (了)
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