第40話 ウラシマ効果

1/1
18人が本棚に入れています
本棚に追加
/44ページ

第40話 ウラシマ効果

 のどかだぁ……  俺は庭で椅子に座って、ただボンヤリと回りの景色を眺めていた。  見渡す限り、目に優しい緑が広がるだけの風景。  目の前ではエリスが破れた服などの補修をしている。  横ではカラフルな小鳥達が無邪気にじゃれあい、足下にはリスやネズミみたいな小動物が駆け回る。  その様子を、俺はただ眺めているだけだった。  別に何が楽しいというわけではないのだが、ただなんとなくこうしていると、時間が経つのを忘れてしまうのだった。  気候は安定しているため、暑くも寒くもない。だからこうやって薄着でも過ごしやすい。  腹が減ったら川へ“ウォーターメロン”を。  また別の日には裏の森へ行って“メロン”をとってくればいいのだ。  この世界の“メロン”とは、エルフの杜にしかない木に実る洋梨みたいな形の果実で、パイナップルやイチゴ、キウイとバナナなんかを混ぜ合わせた、甘酸っぱいフルーツミックスの味がする。  ウォーターメロンと同じくらい旨いのだが、やはり制限があって1日3個までしか食べれない。  これがまた旨くて、つい食べてしまうのだ。  そしたらもう腹一杯で横になって寝てしまう。  その繰り返し。  食っちゃ寝、食っちゃー寝の生活……  現実の日本にいた時は、毎日分刻みで活動してたからなー  生きるのに余裕がなかったというか……  それがこの世界では、時間を気にしないで毎日遊んで暮らせる。  厳密にはエルフの杜に来てから、なんだけど……  そうか……そう考えると、ここに来てどれくらいの日数が経ったのか?  時間に追われることがないから、今がいったい何日で何時なのか、さっぱり分からない。 「なあ、エリス?」 「どうしましたか?」  針仕事を止めることなく答えるエリス。 「そういえば俺たち、ここに来てどれくらいになる?」 「日数ですか?  そうですね……  かれこれ……  50年ほど経って……」 「はあ!? そんなわけないだろ!!」  いくらなんでも、50年もいるかぁ!?  ここに来て、何回寝た?  昼寝含めて……10回ほど?  50年もいるはずがない!! 「そんなにいないだろ!?  エリスだって、50年分の食事、作ったか!?」 「そう言われれば確かに……そんな気が……  50年も滞在していなかったような……  10日くらいでしょうか?」  あぶねっ!  この不思議そうに首をかしげるエリスのせいで、またもやエルフ時間に惑わされるところだった!  いや、まてよ?  実は外界では本当に50年の歳月が経過していて、ここだけ数日しか経過していないとか? 「まさか、ここでの数日は外の世界の50年とかじゃないよな?」 「そんなことはないです。むしろ人間や他の動物の生きる時間が速いのです」 「逆だろ? エルフがおかしいんだよ」 「私を変人みたいに言わないでください」  なんだかこのままでは、人間としていけないような気がする。  全然働いてないから、心なしか腹が出っぱったような気もするし。  ここが快適すぎて、社会復帰出来なくなるんじゃ……?  ダメ人間、まっしぐら?  気がついたら、ヨボヨボのじいさんになってたり…… 「これじゃー まるで浦島太郎だな」 「なんです? その、裏筋玉漏(うらすじたまろう)とは?」 「知らねーよ! 誰だよそいつ! 俺が聞きてーよ!!」 「もう少しで服の修繕もおわりそうですので、昼食にでもしましょうか?」 「あっ? ああ?」 「その後は、今度は何のゲームをしますか? トランプで神経衰弱という遊びでもしますか?」 「はあ!? バカじゃねーの? 400枚あるカードで神経衰弱なんかやった日には、終わるまで何日かかるんだよ! 俺の人生が衰弱するわ!!」 「……? どうしたのですか、さっきから? お腹でもすいてイライラしてるのですか? さっきまでメロン食べてましたよね?」 「うるせーな! なんでもねーよ!  こんなことやってないで、そろそろ帰らないとまずいんじゃねーかって、思っただけだよ!」 「まだここに来て、そんなに時間は経っていないではないですか」 「そんなに? 一週間いれば十分だろう?」 「いえ、あと30年程は滞在して……」 「長い」  30年とかいったら、俺の残りの人生の半分じゃねえか。 「明日には帰ろう。ほら、支度するぞ」 「そんなに急がなくても」  エリスは服をたたみながら、その場に座って動こうとしない。  少しは急げよ、俺が死んじまうじゃねーか。  しかもなんだよ、その反抗的な目は?  ゆうこと聞かない子どもみたいに、珍しく睨み付けやがって…… 「ほら! また来ればいいじゃんか?」 「……」 「俺たち、とりあえず様子見に来ただけだろ?」 「…………」  おいおい!  全く動く気配なし!!  ホントに30年も居座るつもりなのか?  俺の旅も人生も、ここで終わるのか!?  やべぇ、本気で説得しなくては! 「ほら、俺の仕事は救世主だからさ」 「……」 「ここは良い所だけど、やることが残ってるだろ?」 「…………」 「エリスも気になるだろ? 畑の様子とか」 「畑?」  おっ、畑という単語に反応した? 「放ったらかしで来ちまったろ? 俺だって“海のオレの家”で、塩を干したまま来ちまったから、雨降ったら台無しになるし」 「たしかに気になりますね。これから夏になる時季ですし」 「そうそう!!」  ようやく動く気になったエリス。  この機を逃すと、次は何年後になるか分からん! 「じゃあ、帰るか」 「仕方ないですね。また落ち着いたら来ますか」 「そうだな。ここは過ごしやすい環境だし、また来たいかな」 「そうでしょ。では次は一年後に……」  一年後にまた来て、何十年も滞在してから帰って、また一年後?  なんでそのスパンは短いんだよ? 「まあ、でも、長期休暇でやって来るのも悪くないよな。ただ仕事がなー」 「仕事?」 「ほら、この世界を早く復興させないといけないんだろ? それまでは」 「カズヤ様、全然仕事してないじゃないですか」  ……こいつ。 「俺の使命が無事に終えたとして、老後に過ごす場所としては最高だよな、ここは」 「……ろうご……とは?」  俺が何気なく言った一言に、エリスが首をかしげる。  あーそーか。  こいつはエルフで、歳とかそんなにとらないから、“老後”の意味が分かんねーのか。 「そのー なんというかなー  人間って歳とるの早いから、体力とか判断力とか衰えてくるんだよ」 「なら魔法で回復すれば……」 「無理だよ無理。そういうもんじゃないんだよ。まあ……人間、生きて80歳とかじゃね?  で、ちゃんと活動できる歳が60歳くらい?  もう、病気とか怪我で満足に働けなくなったら、残りの死ぬまでの時間、ゆっくりのんびりと自分の好きなことしながら過ごすんだよ。  それが老後?っていうのかな?」 「なるほど、ではカズヤ様は死ぬ時はここに来て、死ぬまでここで暮らすということですね?」 「ん?うーん……まあ、そうなの、かな?」  なんか意味が若干違うような…… 「と、いうわけで、とりあえず俺は救世主としての仕事が残ってるから、戻らないといけないんだよ」 「分かりました。では、私は全力でカズヤ様を支えるまでです」 「で、使命が終わったら……あとはゆっくりここで暮らすのも悪くないかな」 「世界を復興した後、こちらで暮らすのですね。それは確かなのですね?」  さっきから、俺がここで暮らすようなセリフを言うと、それに食いついてくるエリス。  そんなに早く、俺の年老いた姿を見て嘲笑いたいのか? 「……まあね」 「では世界がもとの姿に戻るまで500年ほどかかると思われますので、それまでは……」 「いや、もう、500年後とかは、老後とかの問題じゃなくて、俺の死後の話なんだよ……」
/44ページ

最初のコメントを投稿しよう!