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第2話 移動手段は馬
異世界に召喚された俺は、この世界の唯一の生き残りであるエルフ族のエリスリッドに、これまでの経緯を簡単に聞かされた。
「魔王と名乗る者がモンスターを引き連れて、私たち人類やエルフなどが共存し平和に暮らしていた大陸に、侵攻してきました」
「うん」
「敵の力は強大で、このままでは私たちは滅ぼされるところまで追い詰められます」
「うん」
「そこで異世界から、その世界の救世主となる人物を召喚することになりました」
「うん」
「その結果、この有り様です」
「……」
で、どちらも滅んでしまったと……
エリスはそう話し終えると、こちらのことをただジーッと睨み続けてくる。
「俺のせいじゃないからな! 俺だって、勝手に呼ばれた被害者みたいなもんなんだからな!」
そんなやり取りをしつつ、俺たちは洞窟の奥で身支度を行なう。
まずは、この世界の状況を見てもらおうと、エリスが俺を外に連れ出そうとしてきかないのだ。
しょうがないので、これから俺たちは洞窟から出て、外界の様子を確認しに向かうことに。
エリスは、くすんだ緑色の長袖に、紺のデニムのような厚手のズボンを身に付ける。
ブーツを履き、肩から小物の入るポーチを掛けて、青いマントを羽織る。腰には護身用の短刀が揺れている。
「いーよな、エリスには、それっぽい装備があって」
俺なんて学校から帰ってきて、そのままの格好だぜ。
白いワイシャツにズボン。
こんな服装で、この世界をどうやって生き抜けと?
「カズヤ様は、こちらをどうぞ」
そう言って渡してきたのが、赤いマントと皮のブーツ。
「これ着るの?」
「そうです。無いよりかは、いいでしょう」
……でも、このマント、ほこりっぽいし、なんか変な赤い染み、付いてるし。
ブーツとか、履いたら足が腐りそうな感じなんですけど。
でも、文句を言ってもしょうがないのでマントを羽織り、ブーツに足を突っ込む。
「エリスさぁ、マントはいいんだけど、ブーツが小せぇ」
「とりあえず王都へ向かいましょう。そこで何か装備品が手に入るはずです」
「王都?」
「そうです。そこに伝説の剣も眠っております」
「今さら行っても、しょうがないんじゃない。崩壊してるんだろ?」
「その剣は選ばれし者にしか抜くことのできない剣。それを手にすることでカズヤ様が救世主だという証明にもなるのです。きっと今も救世主の訪れを待ったまま眠りについているはずです」
「おお、なるほど! あれだよな、よくある刺さった剣を抜くことが出来るか、ってやつだな。一度やってみたかったんだよそれ!」
なんだか、それっぽくなってきた!
がぜんやる気が出てくるというもの!
身支度を終え俺たちは洞窟から外へと出る。
時刻はまだ日が昇り始めた明け方のようだ。白い朝日が眩しい。
周囲は現実世界でも目にするような、山に木が生い茂る森のような場所。
地球と変わりない空があり大地があり、太陽が昇り空気もある。
この段階では、エルフっぽいエリスの存在以外は異世界要素は全くない。
振り返れば、今居たところは、どうやら山のふもとに位置する場所にある洞窟の中だったようだ。その奥は真っ暗で、ここからは中の様子は分からない。
もしかして、エリスって、ここに15年も潜んでたのかな……
「あのさぁ、エリス?」
「さあ、カズヤ様、王都はここから馬で半時ほどの場所です。向かいましょう」
「えっ? う、うま?」
そう言いながら進んでいくエリスの後ろをついて行く。
「こちらをお使いください」とエリスが示す場所には、木の脇に大人しく佇む一頭の白く美しい馬が。
あぁ、馬だねぇ……本物だぁ……
しかも、すげえ立派な白馬。
馬をこんな近くで見たの初めてだわ。
へぇ~馬ってこんなにでかいんだ。
まさか、これに乗れっていうの?
「どうしましたか? そんなに珍しいですか? 普通の馬ですよ。カズヤ様の世界にも存在しているはずですが?」
「ああ、確かに同じ姿かたちをしてるけどね」
「先の争いで絶滅したかと思われましたが、この先の草原に何頭かの群れを発見いたしまして、一頭だけ連れてきた次第です」
「へぇ~」
エリスが優しい瞳の白馬の首を撫でる。
それに合わせて白馬が鼻先で、エリスの頬にキスをするように触れる。
「とても貴重な存在ですので二人分はご用意できませんでした。さあ、どうぞ、カズヤ様がお乗りください」
「え? 俺が?」
「他にどなたが?」
マジかよ。馬なんて乗ったことあるわけないじゃん。
「ほら、俺じゃなくてエリスが……」
「私は後ろに同伴させていただきます」
「いや、道、分かんねーし」
「私が後ろからお伝えします」
「……」
「……」
「馬って、近くで見ると大きいんだね」
「は?」
「いや、どうやって乗るのかなーってさ」
「普通にお乗りください」
「……」
「まさか乗馬できないなんてことは……ないですよね?」
「……」
「……」
「お、俺はなぁ! も、元の世界では、もっとスゲーもん乗り回してたんだよ!」
「スゲーもんとは?」
「バイクだよ! バイク!」
「バイク?」
「カワサキのニンジャだよ!!」
「かわ……にんじや?」
「時速180キロは出るぞ。はえーんだぞ!」
「じそく?」
「2気筒250㏄エンジンは37馬力!! 馬37頭分のパワーあんだよ!!」
「馬の37頭分? それは凄いです」
「ああ、そうさ! だから馬の1頭や2頭くらい……」
「乗れますね。さあ、早く乗ってください。日が暮れる前に出発いたしましょう」
「……」
「……」
「いや、その……」
「どうされたのですか?」
その綺麗で無表情な顔で、俺のことを見てくる。そして無神経に俺のプライドを踏み荒らしていく。
「すいません。バイク乗ったことないです。免許ないです」
「馬は乗れますよね」
「すいません。乗れません」
「……はぁ」
くっそ!
大きなタメ息、つきやがって!
しかも馬も一緒になって、俺を馬鹿にするかのように鼻息を荒くしやがって!!
「もういいです。私が乗りますので、後ろに乗ってください」
「はい。すんません」
なんて惨めなんだ。
これでも俺は救世主なんだろ?
もっと慈しめよ。
「あの、私の肌には触れないでくださいね」
「はい」
「ちょっとでも触れたら、落としますからね」
「はい」
「抱きつかないでくださいよ」
「……じゃあ、動いてる間、どこに捕まれば?」
「馬の毛を握りしめておいてください」
「そんなんで!? 振り落とされない?」
「大丈夫でしょう。馬なんて、カズヤ様の世界で言うと……最高時速80キロ?ほどしか出ませんので」
「いやあの……普通に振り落とされるんですけど……」
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