第38話 川の流れのように

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第38話 川の流れのように

 天気の良い今日、俺たちは二人は、エルフの村の近くに流れているという大河へ向かっているところだった。 「なあエリス? 本当にこっちでいいのか?」 「はい」 「見渡す限り、木しか見えないんだけど?」  森の中を何の迷いもなく、ドンドンと先を歩いて行くエリス。  その姿に、若干の疑問と不安と抱きつつ、ついていく俺。  エリスが美味しいもの食べさせてくれるって言うから、ついてきたのだが……  森の奥深くまで進んでいるようにしか見えない。  本当に川に向かってるのか?  いったい何を食べさせてくれるのか?  もしかして、川魚?  とも思ったけども、釣竿なんか持ってきてないしなぁ……  もしかして……  異世界では川という名の、地獄に連れていき、俺を置いていこうとしているのか? 「そろそろですので、足元に気をつけてください」 「足元?」  先を進むエリスの忠告と同時に、靴がビチャビチャと音をたて始める?  あれ?  地面が湿ってる?  雨なんか降っていないのだが……  良くみると、俺たちは緩やかな坂を下っており、先に行くにしたがって地面が水に浸っていた。  なにこれ?  そのまま進んでいくと水位が増していき、ついに足のくるぶしまで水に浸かることに。 「エリス?」 「これ以上は危ないので、進まないでください」  面白いことにこの森を抜けると、木々で見通しが悪いが、すぐ先に川が広がっているようだ。  俺が住んでた日本みたいに、河川敷や堤防みたいなのがない。  森と川のはっきりとした境界線が無く、緩やかな坂を下って行くことそれは、徐々に川の中に入っていることなのだ。  なので近くの木は、水の中から伸びている不思議な光景に。 「たしか……この辺りだったと思いますが……」  エリスが俺をこの場に置いて、何かを探し歩き始めた。 「ありました。カズヤ様、こちらです」  遠くで手招きをするエリスに、俺は駆け寄ると、そこにはロープを木にくくりつけた小舟が浮かんでいた。 「まだ残っていたようですね。よかったです」 「もしかして、これに乗って川に行くのか?」 「そうです」 「大丈夫なのかよ……何年前のものだよ?」 「ここにあるものは腐食しませんので大丈夫です」 「ふ~ん」  今にも崩れそうな、木材でできたボートのような船に俺たちは乗る。  縛られたロープをほどき、船は自然とゆっくり動き始める。 「あれ? エリス、手ぶらなの?」  オールとか、漕ぐものないの? エンジンもないし…… 「川の流れで十分です」 「そうなの?」 「あとは風や水の精霊が助けてくれます」 「ふ~ん、そういうもんなんだな~」  俺たちを乗せた船は、木と木の間をすり抜け、ゆっくりと川の中心へ。  川底から伸びる木々。  だんだん水深が深くなるにつれ、木の枝と葉が目の前に迫ってくる。  水はとても澄んでいて、綺麗な水色をして、川底まで見えそうなくらい透き通っている。  水面には木々の緑が反射する。  森なのか川なのかよくわからない、緑と青の真ん中の世界を、ゆっくりと船で進んでいく。  そしてそのまま森を抜けることに……  うっ……  久しぶりに太陽の光を直接浴びて、眩しさのあまり目を閉じる。  数秒の後、ゆっくりと目を開けた、その先には……  海のような広々とした水上に!  かなり大きな川だ。  対岸が見えないくらい広い。  向こうの川岸は見えず、代わりに木々が立ち並んで森となっていることから、ここが海ではなく川なのだと判断できる、それくらい広い。  そしてそびえ立つ緑の山々。  一番遠くの山の頂上は、うっすらと白くなっており雪が積もっている。  大自然の中をゆっくりと流れる川。いったいどこから流れて、どこへ向かっているのかも分からないくらい長く広い。 「すげ~なぁ~」  こんな光景、日本にいたら一生見ることはなかったろうな。  思わず雄大なパノラマ景色に見とれてしまう。  景色だけじゃない。  この川の水も、太陽の光の下で宝石のアクアマリンように輝いているのだ。 「綺麗な水だな」 「そのまま飲めますよ」  身を乗り出して掬ってみる。  ひんやりして気持ちいい。  表現できないが、水が柔らかく、それでいてサラサラしている感じがする。  そのまま口に持っていき、一口飲んでみる。  うん! なんか知らんが、美味しく感じる!  ついつい身を乗り出して、流れる水を撫でたり、眺めてたりしてしまう。 「カズヤ様、落ちないよう、気をつけてください」 「おお。ここは危険な生物とかいないのか?」 「とくに私たちを襲うような生き物はいませんので、安心してください」 「今度、泳ぎに来てもいいかな?」 「構いませんが、その剣は肌身離さず身につけてください」  またか……  この伝説の大剣という名のお荷物。 「それを川に落とさないでくださいよ。それはカズヤ様しか持てませんので」 「ああ、分かってるよ」 「川底は深いので、一度落とすと探すのは大変です」 「気を付けるって」 「カズヤ様にしか回収できないので、落としたら一人で潜って探してください」 「それは面倒だなぁ……」 「それと、船の上でも常に携帯しておいてください」 「え? 置いちゃダメなのかよ?」 「ダメです。重さで底を突き抜けて沈んでしまいます」 「……俺が持ってる分はいいのか?」 「はい」  俺が持ってる時は重さは関係なくて、手放すと重さで沈むって?  どうなってるんだ? この世界の物理法則は? 「ところでエリス? 俺に食べさせたいものって、まさかこの水だけじゃ……」 「違います。ちょっと待ってください」  そう言った途端、船は森の方へと引き寄せられる。 「ここに来たのは、カズヤ様にこれを食べてもらいたかったからです」  森の川岸近くの、水中から伸びる木々の枝には、黄緑色の梨?のような実が、いくつもなっていた。 「これのこと?」 「はい。ウォーターメロンと言います」 「……ウォーターメロンって、スイカじゃね?」 「この世界の人間界では、これを“生命の実”と呼び、大勢の人間が奪いにやって来たと聞きます」  ふ~ん。  そんなに美味しいってこと? 「どうぞ一つとって食べてください」  試しに目の前の物をもぎ取ってみる。  見た目や持った感じは、普通の林檎とか梨にしか見えないけど? 「そのまま食べれますので、川の水で洗ってから食べてみてください」  言われた通り、川でジャブジャブ洗ってから、一口かじってみる。  おっ!?  おお――!! 「なにこれ!!  すげ――うまいんだけど!!」  食感は桃みたいに、柔らかさと共に弾力があり、みずみずしくて味がすごい!  今まで食べてきた果物よりも全然甘くて、例えるならフルーツミックスの味!!  いろんな果物の美味しさが、これ1個に凝縮されたような! 「これすげーうめーよ!! エリス!!」 「これはここでしか獲れない、貴重なフルーツです」  あまりの旨さに、あっという間に芯だけになってしまった。 「この実を一つ食べるだけで、栄養が満たされるのです」 「へー じゃあここに住むエルフは、こればっか食べてればいいんだな」 「1日3個までです」 「なっ!? 数が決まってんのな」 「実がなるのに時間がかかることもありますが、食べ過ぎると満腹のあまり死んでしまうのです」 「満腹死!? なんて贅沢な死にかたなんだ!」 「せっかくなので明日の分まで収穫していきましょう」 「よっしゃー!」  俺たちは明日の分、ちょうどの数を収穫するのだった。  その過程でエリスも1つ、口にする。  控えめな小さな口で、少しずつ味わうようにして食べるエリス。 「懐かしいですね。いつ食べてもこの美味しさは変わりませんね」  と、微笑むのだった。 「はあ―― 確かに一つ食っただけだけど、なぜか腹いっぱいになるな」  俺は満たされた腹を上にして、船で横になる。  あー空が綺麗だ……  雄大な山々がスクロールしていく  平和だなぁ…… 「しばらく景色でも堪能しますか?」 「ああ」  ゆっくりと揺れる船が、揺り篭のように心地よい。  風も爽やかで、日差しの温もりと、水面の涼しさがあいまって、非常に快適な空間だ。  そのうち小鳥がやって来てエリスの周りを取り囲む。  小鳥のさえずりが、子守歌のように眠気を誘う。  ゆっくりと目を閉じる俺……  毎日こんな生活なら、大歓迎だよなぁ……  仕事も勉強もなく……  ストレスもなくて……  美味しいもの、毎日食べて……  ただ、娯楽が少ないのはあれだけど…………  ……  …………  ……ん?  …………あれ?  俺、寝てたのか?  うっかり満腹で快適な空間だったため、居眠りをしてしまったらしい。  目を覚まし起き上がると、既に日が沈んで夜になっていた。 「おはようございます」 「おはよう……って起こしてくれればよかったのに」  目の前には変わらずのエリスが座って、じっと黙って俺を眺めていた。 「夜になるのを待っていましたので」 「はあ?」  そう言うエリスの姿が……表情までハッキリと見えた。  おかしいな?  この世界では当然のごとく、夜になると真っ暗でなにも見えなくなるのに……? 「カズヤ様に、これをお見せしたくて」 「これって?」  エリスは返事をする代わりに空を見上げる。  俺もそれにつられて顔を上げると……  これは!!  星だ!!  なにも遮るものの無い夜空一面に、白く輝く星々の大群!!  その光で辺りが夜でも昼間のように明るくさせてくれるのだ。 「すげ――な!」   思わず漏らしてしまった感嘆の言葉。  大小、赤青黄色に輝く様々な星が、正面衝突するんじゃないかってくらい、ひしめき合っている。  そして、手を伸ばせば星が掴めると思えるほど空が低く、今にも星が落ちてきそうだ。  さらにその夜空を川の水面が反射し、上空と同じ世界が水面上でも広がっている。  まるで上下星に挟まれている感じ……  小刻みに揺れる船が、まるでフワフワと星に囲まれた宇宙空間で漂っている感じにさせてくれる。 「どうですか? カズヤ様」 「ああ、すげー綺麗だよ!」 「この世界では、他の地域でもこれほどまで綺麗に星が見えるところはありませんので」 「ここは本当にいい所なんだな」  エリスは返事をする代わりに、静かに微笑むだけだった。  俺もこれ以上何も語らず、静寂の中でしばらく二人っきりで、この世界を独占するのだった…… 「さあ、そろそろ戻りましょうか?」 「そうするか」  星の位置も傾き始めたころ、そろそろ俺たちも家に戻ることに。 「だいぶ下流まで流されましたので、もどるのに時間がかかります」 「夜遅くなる前に帰りたいな」 「戻るのは明日の昼くらいになると思います」 「はあ!?」 「上流へと遡りますので、それなりに時間はかかりますよ」 「お前、なにそんな悠長な!」  なにか問題でも?といったような平然とした表情で俺を見つめ返すエリス。  あぁ……そうだった。  こいつはエルフで、里帰りして時間の感覚が麻痺してるんだった…… 「もう少し早く帰れないのか?」 「急いだところで、なにもないですよ」 「風の魔法とか使って、船を速く……」 「疲れるから嫌です」  やっぱり人間には、エルフの村で過ごすのは適していないようだ……
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