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第39話 森の中の結コン式
「カズヤ様」
「はい」
「汝、カズヤ様は、このポニー・スズキさんをパートナーとし、
健やかなる時も病める時も、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も……」
「あのさー エリスさあ?」
「なんですか!? 今、儀式の途中ですよ!」
「これ……やっぱり違うんじゃね?」
「そんなはずはありません。古い文献には、たしかにこう書かれておりますので」
と、エリスは手にした古い本を叩いて見せる。
その本だって、人様の部屋の本棚にあったやつだろ……
俺たちは村の外れにある小さな湖まで来ていた。
そこに建てられた大精霊をかたどったといわれる、美しい女性の姿をした立像の下にエリスが。
それに対面する形で俺とポニーのスズキさんが並ぶ。
そして、俺たちの前でエリスが古書を手に、契約の詠唱をするのだった。
なぜこうなったかと言うと……
それは救世主である俺しか持てない剣を、魂の契約により他者にも持てるようにする儀式、これを行なうためにやって来たのだった。
偶然、ある家の本棚にあった本をエリスが読んでいた時、このことが記載されていたらしい。
そこで俺の身に何かあった場合、剣と俺を運べるように、スズキさんにでも持てるようにと、この儀式をやることになった。
しかしその儀式というのが、まるで俺のいた世界の……
「これ、本当にあってるの?」
「大丈夫です。あってます」
偉そうにふんぞり返って……
どこからその自信がやってくるんだよ?
「まったく……では再開しますよ」
「へい」
本を携えるエリスに向かい合う俺と、草をムシャムシャ頬張るスズキさん……
「常にこの者を愛し、慈しみ、守り、助け、
共に歩み、他の者に依らず、
死が二人を分かつまで、
スズキさんを想い、
スズキさんのみに添うことを誓いますか?」
「おいエリス? 今、この者を愛し……って言わなかった?」
「誓いますか!!」
「は、はいっ……」
いつになく真剣というか、恐怖すら感じるエリス。こうなると、もう止まらない。
今度はスズキさんに向かって……
「汝、スズキさんは、カズヤ様を主とし、
健やかなる時も病める時も、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、
常にこの者を愛し、慈しみ、守り、助け、
共に歩み、他の者に依らず、
天に召されるまで固く操を守る事を誓いますか?」
[ヴッブフッワグヅ!!!]
スズキさんが言葉にならない鼻息をつく……
こいつ、さっきから草ばっか食ってるけど、ちゃんと話聞いてんのかな?
「……では、契約のキスを」
「えっ!!!?」
今なんと!!?
「さあ、カズヤ様、早くスズキさんとキスを」
「まてまてまてまてまて!!!
なんでキスしなきゃいけないんだよ!!」
「そういう決まりですので」
「なんで剣を持てるようにするために、キスしなきゃいけないんだよ!!」
俺、ポニーとキスしないといけないの?
異世界に来てまで?
俺にとってファストキスなんですけど?
嘘だろ?
こんなわけ分からん理由で?
馬とキス!!?
「さあ早くしてください」
「…………」
「スズキさんも待ってますよ」
「…………」
横にはスズキさんが、デカい口で草をグチャグチャ音を立てながら咀嚼し……
うっわ、汚ねぇ……
ヨダレだらけじゃん……
「さあ、カズヤ様。契約のキスを」
「…………嫌だ」
「なんですか?」
「絶対に嫌だ!! 俺はしないぞ!! ゼッ――タイに!!」
「いい加減にしてください! この期に及んで、そんな我がままを!」
「別にいいだろ! この剣を俺が常に持っていればいい話だろ!」
「こちらのことも考えてください。カズヤ様の身に何かあって連れて帰らないといけない時、誰がカズヤ様とその剣を運ぶというのですか!?」
「なんにもないって! 大丈夫だっての!!」
「もし死んでしまったら、どうするのです!? 誰が運ぶのですか!? 野ざらしですよ」
「むしろ今、死にたいくらいだよ!!」
「そうですか……仕方ありませんね……」
「ふざけんな! こんな馬鹿々々しいことやってられっかよ! 帰るからな!」
こんなふざけたことに、これ以上付き合ってられっか!
俺は頭に来て帰ろうとするが……
あれ?
体が?
動かない??
全身絞めつけられてるような?
「おい?ちょっと?エリス?」
「魔法で動きを封じております」
「なっ!?」
ちょっ?
体が、立ったまま、動けない!
しかも、なにか後ろから押されるような感覚!?
マジかよ! おい!!
俺の顔が、謎の力によって押される!?
迫り来るスズキさんの唇!!
く、臭っさ!!!
湿って腐った草の匂いかする!!
真夏の雨上がりの朝、満員電車の中で感じる蒸れて酸っぱい汗臭い加齢臭の混じったおっさんの臭いがする!!!
「まてまて! エリス! ちょっとまってって!!」
「……では、契約のキスを」
スズキさんの大きくうねる唇が!!
俺の顔まで近づき……
そして……
んんんんん!!!!!
くっついた!!
柔らかくて!
太くて!
生暖かくて!
ベトベトで臭い!
うっわ!
顔全体に舌で舐め繰り回され……
…………最悪だ。
こんな状態でもなお、ムシャムシャし続けるスズキさん。
息が!!
顔が!
口だけでなく、顔全体がグチャグチャに!!
汚される!!
その地獄の状態が、数秒続き……
俺は力尽き、ようやく地獄から解放される。
「どうですか? カズヤ様?」
「どうもこうもねぇよ」
俺のマジックポイントは、もう0だよ……
「精霊の皆さん、今この両名は、神聖にして母なる大精霊の御前の前に、
ケッコンの絆によって結ばれました」
「今、結婚って! 結婚て言ったろ!!?」
「魂を結ぶ儀式なので、結魂式(けっこんしき)と呼ぶようです」
「ふざけんな!!」
結婚しちゃったじゃないか!
馬と俺!
「ではカズヤ様、試しにスズキさんの背中に剣を載せてみてください」
「あ? ああ」
気力も体力もない俺は、剣を手に取りスズキさんの背中に載せようとする。
「契約が無事に済んでいましたら、載るはずです。失敗していれば、剣の重さでスズキさんの胴体は切断されてしまいます」
「怖っ! 変なこと言うなよ!」
恐る恐る剣を背中へと載せようとする俺。
大丈夫だよな?
失敗しないよな?
背中に剣が触れ、そーっと、ゆっくりと手を離すと……
「載った! 載っかったぞ!」
「よかったです。これで契約完了です」
四六時中、背中に担いでいた剣とも、これでおさらばだ!
理解しているのか?何を考えておるのか分からないスズキさんは、背中にブラブラとバランスのとれた剣を載せながら、まだ草を食べてる。
「母なる大精霊よ。
今日、結魂の誓いを交わした両者に、
満ちあふれるご加護を注いでください」
あーぁ。結婚しちまったよ、馬と……
「お互い支え合い、
多くの困難を乗り越え、
使命を果たし……」
たった今、俺は最大の困難にうち負けた……
「多くの友への感謝を忘れず」
恨みはあっても感謝などない!
「愛に生き」
愛などない!! 哀しかない!
「健全な家庭を築きますように」
馬と家庭だとぉ!!
「結魂の契約のもとに、
愛をはぐくみ、
成長し、実りある豊かな人生を、
送ることができますように」
最悪だ……
なんでこんなことに……
異世界で学生結婚するとは
しかも相手は馬……
「おめでとうございます。カズヤ様。儀式はこれで終了です」
「うるせえ!」
「それでは精霊、妖精の皆さま、両名を
祝福し、
大自然が両名を慈しみ深く守り、助けてくださるよう、
祈りましょう。
……黙とう」
「黙とうは死んだ人にむけるんだ!!
死にたい気分だけど、俺はまだ死んじゃいねえ!!」
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