第41話 エリスの秘密の穴

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第41話 エリスの秘密の穴

 俺とエリスの二人に、またいつもの日常が戻ってきた。  エリスの故郷であるエルフの杜から帰ってきた俺たちは、先ずは放ったらかしにしてた畑の手入れから始めるのだった。  そこから毎日、生きるために作物を栽培し、それを収穫するために生きる。  そんな毎日の繰り返し……  俺って、なんのために生きてんのかなぁ……  時おり、あそこでの生活が懐かしくなって戻りたくなる気持ちにもなる。  でも、まあ、これも生きるためには仕方のないことなんだな~と思いつつ、今日も泥まみれ汗まみれになって、畑を耕すのだった。  今回は畑拡張のために、自慢の剣を使って王宮近くの瓦礫をなぎ払い、土をほじくり返している最中。  なのだが……  まただ。  エリスの姿が見えない。  さっきまでそこにいて、野菜を集めてカゴに入れてたと思ったら、いつの間にかいなくなってるし。  実は最近、エリスの様子がおかしいのだ。  一人黙ってこっそり抜け出して、どこか行っているようなのだ。  しかも野菜や果物などを大量に抱えて……  尋ねても、 「野菜を洗いに行っているだけです」  とそっけなく言うだけだったのだ。  その割には野菜を持って行ったっきり、手ぶらで帰ってくるのだから、おかしな話だ。  あいつ……  俺に秘密で美味しいもの食べてるのか……?  それとも、変なペットでも飼っているのか……?  とにかく、俺が丹精込めて作った野菜達を理由もなく勝手に持っていかれるのは腹が立つ。  ……ので、  今回こそは、こっそり後をつけてみることにした。  俺は、なにくわぬ顔で畑を耕しつつ、横目でエリスの動向を探る。  いつものように野菜を収穫するエリス。  そして、カゴいっぱいになると……  あっ!  どこか行った!?  辺りの様子を伺いながら、小走りでどこかへと向かうエリス。  気づかれないように時間差をつけて、そのあとを慎重に追おう。  いったい……  どこへむかってるんだ?  ついていくこと数十分……  エリスが向かった先は……  王宮跡地?  そこはかつて王宮があったとされる場所で、いまはただの瓦礫の山となっている所だ。  その瓦礫の中へと、潜り込んでいく?  こんなところで何してんだ?あいつ?  近くの瓦礫に身を潜め、エリスが出てくるのを待つ。  しばらくすると、廃墟から這い出てくるようにして現れるエリス。  手にしていた大量の野菜は……いっさい無い。  そのままエリスは何事もなかったかのように、畑の方へと戻っていった。  あやしい……  俺はエリスが完全に見えなくなったのを確認して、エリスが入っていった瓦礫の中へと侵入する。  近くでよく見ると、崩れた壁が折り重なってトンネル状となっている。  その奥へと腰を屈めながら進んでいく。  ……すると?  地面にぽっかり空いた穴?  いや……  地下へと伸びる石の階段が現れた。  もしかして、この中に入っていったのか?  この地下?はどうなってるんだ?  エリスはこの下に入ったに違いないが、地下がどうなっているのか、ここからでは分からない。  真っ暗な闇が続いているだけ……  入ってみるか?  何があるのか気になるが……  でもどうなってるのか分かんないし……  まさか、ダンジョンになってるとか?  凶悪なモンスターがいるとか?  まさか……そんなんじゃないよな?  ん――  ここまで来たのなら、ちょっとだけでも確認していくか?  次いつ来れるチャンスがあるか分からないし。  まあ、エリス一人で中入って行けるのなら、そんな危険な所でもなかろう。  俺は思い切って地下へと降りることにした。  細い石段の階段を降りると、地下室は倉庫のようになっており、人一人が通れそうな幅の部屋が、細長く奥へと続いていた。  両脇には棚があり……何かが置かれている?  ん~  暗くてよく分からん。  失敗したな。ロウソクでも持ってくればよかった。  所々、崩落した天井から、光が線のように降り注ぐ。その微かな光を頼りに周囲を確認しつつ、奥へと進む。  どうやら棚に置かれてるのは……ガラスのビンのようだ。  何が入っているのかは分からないが……  でも、ちょっと触ると中で波打つものがあるから、きっと液体かなんかじゃないか?  そんなビンやら壺がいくつも並んで置かれている。  しかし、なんか、ここは……  臭うなぁ……  酸っぱいというのか?  アルコール?  消毒液?  みたいな?  薬品の臭いというのか……  理科室とか、保健室みたいな。  ……  …………ってことは、ここは、なに?  実験室とか手術室とか、なんかなの?  もしかして、この棚にあるものって、危険な薬品?  いや、液体だけじゃなく、なにか大きなもの、丸いもの、細長いものも一緒に入ってるように見える。  これって……  理科室でよく見た……  ホルマリン漬け?  生き物の標本?  これ全部?  え?マジで?  …………ヤバくない?  なんか急に薄気味悪く、怖くなってきた……  エリスは何のために?  後世のために生き物を採取して保存してるのか?  それとも、怪しげな儀式で必要な臓器とかを蓄えてるとか?  新種のモンスターを開発してるとか?  ……  ……それで?  その餌として大量の野菜を!!?  もしかしたら俺も改造されるのか?  いや、モンスターの餌に!?  使い物にならなかったら、バラバラにされて、臓器をこのビンの中に詰められる!?  ……  ……逃げよう!!  ここで見たことは無かったことにして!! 「ついに見つかってしまったのですね」 「うわあああぁぁぁ――――――!!!」  背後から声があああ!!!? 「エ! エリス!!?」  いつの間に!!  暗闇に紛れたエリスが!!  俺の背後に!! 「あわわわわ……ごめんなさい。  なにも見てないので……  食べないでください……」 「なにを言ってるんですか? それは私のセリフですよ」 「え?」  呆れた口調でそう言うと、ロウソクに灯をともす。  柔らかい明りが、いつもの表情のエリスを暗闇から浮かび上がらせる。  どうやら怒ってはいないようだ。  激しく高鳴る胸を抑えるようにして、エリスに聞いてみる。 「……ここは、なんなんだよ?」 「そうですね、ワインセラーと申しましょうか? 食料の保存庫です」 「……保存庫?」 「おそらく、帝国の王宮で使われていたワインを保存しておくための場所だと思われます。  地下ですので日光も届かず、湿度も一定で温度も低いので、食料を保存しておくのに便利なので、以前私が発見した時から使っているのです」 「なんだよ……食料の貯蔵庫かよ……」  だから野菜とかを持って行って、帰りは手ぶらだったのか。 「このビンにはピクルスが入ってます」  ロウソクを持ち上げて棚に並んだビンを説明してくれるエリス。  なるほどね。  ホルマリン漬けと思ったのは、野菜のピクルスだったのね。  よく見たら中身はニンジンやキュウリみたいな野菜だ。 「こちらは、お酢です。穀物酢や果実酢です」 「あ――だから酸っぱい匂いしたんだ」 「これは、新作の“おちんこ”です」 「お新香だろ? 二度と間違えんなよ」  ビックリして損したわ。  エリスが変にコソコソするから。  ……でもなんで俺に隠れて? 「ところでさーエリス? なんで俺に秘密でここに来てたわけ?」 「それは、ここに入って欲しくなかったからです。変な菌や空気を持ち込まれると、お酢がダメになってしまいますので……」  なんだよ、俺、ばい菌扱いかよ…… 「それに……ですね……」 「それに?」 「これを隠しておりましたので」  と、エリスが取り出したものは、赤黒く細長いガラスのボトル。 「……これって、もしかしてワイン?」 「はい。これはなかなか良い代物です。きっと王族たちの晩餐会などで出されていたものだったのでしょう」  アルコールの臭いは、お酒を保管してたからか……? 「ふ~~ん」 「これを残してあと数本しか存在してません。この今の世界ではお酒も貴重ですので」 「そうなの?」 「特にこの一本は20年ものです。世界が滅亡する前の逸品。  この年のワインは、 “史上最高の年、大自然の精霊に恵まれた、豊満かつ芳醇で偉大な果実の味わいと、フレッシュでシルクのように艶やかで繊細なアロマ”の珠玉のヴィンテージ!  と呼ばれる名作です」 「…………へぇ」 「実は私が一人でこれを飲みたくて、カズヤ様には黙っておりました」 「…………別にいいよ。俺、お酒飲まないし」 「カズヤ様は、お酒は飲めないのですか?」 「飲めないというか、俺、いちおう“未成年(みせいねん)”なんで」 「カズヤ様は“()せるチン”なんですか?」 「違う。チンは見せない」  なんだ、そんなことかよ。  別に俺、酒に興味ないし。  というか、父親が酒癖悪かったから、あんまり好きじゃないんだよね。 「俺……その、なんていうのか、まだ子どもだから。大人みたいに酒を飲めるような体になってないっていうのか……」 「なるほど。カズヤ様は、ちびっ子のひょっ子。幼稚で未熟で半人前で、大人の私がいないと、なにも出来ないお子ちゃま。  だから大人の嗜みであるお酒は飲めないと、そういうことですね?」 「…………まあ、そんなところだけど。だから俺は飲まないから、エリス一人で飲んでいいよ。  ……っていうか、エリスは飲めるのかよ? お酒?」 「私は大丈夫です。大人ですから。200歳超えてますから! カズヤ様より全然年上のお姉さんですから!」  なにを偉そうに、そんなこと言って。  ああ、こいつ、見た感じ高校生っぽいけど、エルフで200歳とっくに超えてるんだっけ?  じゃあ、アルコールくらいは飲めるんだよな。 「そうですか。カズヤ様はお酒飲めないのですね。そうですか……フフフ」 「なんだよ、わりーかよ!」 「それでは、こちらのワインは私が一人でいただくとします」 「どうぞ、お好きなように」 「早速、今晩にでもいただくとしましょうか……」  なんだよこいつ。  俺が酒飲まないって言ったら、急にマウントとったかのように嬉しそうにしやがって。  ……まあ、こんな世界ではお酒も貴重だから、独り占めしたいんだろうけどさ。
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