李凰国の少年 4

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李凰国の少年 4

 寝室に戻った時には畳一面に布団が敷かれ、皆それぞれ床に入ろうとしていた。夏朗の姿をみとめると一斉に布団の上に正座をし、夏朗様、おやすみなさいませ、とめいめいが声を上げて頭を下げた。夏朗は、うん、と言いつつ篤弘を見やり、おまえの寝床はここだと、出入口のすぐそばの布団を指差した。  夏朗に浴衣を渡されて着替え、その後、消灯となった。二十三時だ。夏朗様おやすみなさいませと正座をして頭を下げる篤弘に、うん、と夏朗は言うと部屋から去っていった。  六時起床だと言う。これまでが夜型の生活だったため朝起きれるか、そもそも今から眠りにつけるのかが不安になった。しかし突如として環境が変わったからこそ疲れてすぐ眠りに落ちるだろうと自分に言い聞かせて布団を被った。しかしいつまでたっても眠りの世界はやって来なかった。周りから聞こえてくる寝息が一層不安を煽った。だしぬけに声が降ってきた。抑えた、静かな、囁き声。 「眠れそうか」  声のしたほうを見やると夏朗の顔があった。暗闇に慣れきった目がその顔をしっかりと捉えた。それは穏やかに笑っていた。 「焦るな。ゆっくり、深く、深呼吸だ」  妙な安心感が身を包み込む。夏朗が添い寝をしてくれている、畳に肘を立てて手のひらに頭を乗せ、もう片方の手では篤弘の頭をゆったりと撫で。その手つきも、篤弘を眺めて静かに笑うその目ももはや催眠術である。  目を覚ますとそこに夏朗はいなくなっていた。辺りからいびきが聞こえ、放屁の音もした。篤弘はしばらくそのまま宙を見ていた。ああ、自分は本当に李凰国に入国したのだと改めて思った。  寝返りをうつ。隣の男と目が合った。おはよう、と彼は言った、非常に小さな声で。それから歯を見せて笑った。何と返せばよいか分からずとりあえず軽く頭を下げた。  自分は十九歳だと彼は言った。暗闇に慣れた目で見やる彼の顔は随分と大人びていた。一ヶ月ほど前にこの国に入ったばかりだと彼は言った。理由は言わなかった。 「夏朗様はどこへ」  辺りに気を配りながら篤弘も小さな声を出す。睡眠時間中に喋ってはならないことくらい分かっている。 「一人部屋だ、あの方は特権階級だから」 「夏朗様はいつからこの国に」 「さあてな、だいぶ前からだろ」彼は頬のあたりを掻き、それからふっと笑う。「なんだ、眠れねえのか」  いびきの音はやまない。隣に寝ている者はさぞうるさかろうと思っていると、不意に身体に冷ややかな空気を感じ、布団の中に彼の手が入ってきたのが分かった。すぐに眠れる方法が一つだけある、などという押し殺した声と共に。下半身に触れられ篤弘は彼に背を向けそれから逃れるも、俺も眠れねえんだよ、なあ、してくれよ、などと耳元に声が迫ってきて布団の中で彼の手が篤弘の手を掴んだ。硬い棒を掴まされ、おまえほんと可愛いよな、なあ、キスしようぜ、などと篤弘の耳元で彼の吐息が乱れ始めた。  一方的な卑猥な遊びはすぐに終息を迎えた。突如として布団が剥された。先ほどもそうだったが全く音を立てずに夏朗がやって来たのだ。  ひっ、と耳元で怯えた声が上がり、同時にその熱い身体は弾かれるように篤弘から離れ、飛び起きて、申し訳ございませんと布団の上に正座をしようとするもその腕を夏朗の手に捕らえられた。 「謝る相手を間違っている」  無表情のまま夏朗はそう言って、そのまま腕一本で年上の男を立ち上がらせて廊下へと引きずり、 「便所でやれ、な」  そう言ってその背中を手のひらで押した。暗闇に包まれた寝室はいびきがやみ、凍りつくように静まりかえっていた。
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