李凰国の少年 5

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李凰国の少年 5

 正座には慣れていた。しかし時間の経過と共に足首のあたりに痛みが現れ始める、ひたひたと。床の上での長時間の正座である。李凰の神が腰を掛ける席に向かって正座して、ただひたすら祈りを捧げるというのが毎朝の日課であるらしい。  両隣の者も前の者も身じろぎを始める。明らかに痺れが来ている。かかとを上げてそこに尻を乗せるという休息の姿勢をとることは許されない。前の者のうなじには汗が滲んでいる。後ろからは歯軋りのような音がする。総勢八百人はいるであろうと思われる、十一歳から十九歳までの和服姿の少年達――少年部の全員がひしめく神の間はもはや沈黙の地獄絵図である。  ここには二十歳以上の大人がいない。八百人もの未成年を統括するのは夏朗のようである。ずらりと並んだ少年達の先頭に彼はいて、李凰の席の前で身じろぎひとつしない。  美しい姿勢だ。背筋も、膝の上に乗る手もしゃんと伸び、脇の下に卵一つ分以上隙間をあけたその凛としたさまは武士そのものである。あまりにも涼しい。  少年がオルガンを弾く、非常に厳かに。その近くで少年が指揮棒を振る、非常に力強く。それらに合わせて八百人もの和服姿の少年達が歌う、胸の前で両手を合わせて。李凰国の国歌である。  魂を揺さぶられるのである。李凰の神のもとにいる者達が奏でる歌声――ほとんどが太く逞しいがその一オクターブ上に変声期前の声が混じり一つになって神の間を揺らす。誇り高く、威厳をもって。  歌詞はすでに覚えていた。入国前から知っていた。あの娘が歌っていた。  ああ、いずみ。聞こえるよ。きみの歌声が聞こえる。僕は今、きみと一緒に歌っている。  夏朗が木刀のような棒を肩に掛けて少年達の前をゆっくりと歩き、声が小さい者の額をその棒の先で突いて周っている。篤弘の左隣の少年が額を突かれてよろめき、足を踏ん張り声を張り上げる。  再び棒を肩に掛けた夏朗が篤弘の前へとやって来る。据わった目である、あの日に見たのと同じ。  しばらくその目で夏朗は篤弘の目を見ていた。目の合ったまま二人の間に魂の歌が勇ましく響いた。  やがて夏朗の目はそれていった。篤弘の右隣の少年の額を棒で突いた。
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