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導き 4
「なんだ、あんたもう寝んの? 今日は早いね」
軋んだ音を立てて扉が開くと同時に明かりと女の声が入り込んできて篤弘は頭から布団を被った。ここには礼儀もマナーもないからノックをされたことはない。
もともとは物置だった空間だ。三畳ほどしかない。だから布団しかない。住み込みの人間の身の丈に合った部屋である。
「疲れたか」笑いを含んだ女の声が被さってくる。「それもそうよね、一日の最後にあんな妙な男が来ればね」
布団の上から身体を撫でられる。店でも家でもずっと顔を突き合わせ続ける女である。自称独り身、自称四十歳で、和服姿しか見たことがない。洋服より和服のほうが楽なのだとか何とか。
この女に拾われたのは半年ほど前のことだ。深夜にこの近辺をあてもなく歩いていた時、突如として声がかかった。あんたいくつ? と。煙草を片手に、小首を傾げて、その黒々とした瞳を笑わせながら女は言った。あんた、いいとこのおぼっちゃんでしょ、分かるよ。そして訳ありだ、と。
それ以上は特に何も聞かれなかった。ただ、あたしの店で働かない? と、そう聞かれた。
最初は茶席の清掃や食品の買い付けなどの雑務をさせる予定だったようだ、それが急遽変更となった。篤弘を部屋に招き入れて茶を飲ませたとたん、女の目つきが変わった。
拾われた先でも茶道をやることになるとは思ってもいなかった。しかし商売になるのならと、それを受け入れた。流派はどうでもいい、と女は言った。お客は所作じゃなく少年見たさで来るんだから、と。あんたは、金になるわ。女はそう言って笑った。
窓の外は騒がしい。飲み屋街だからだ、酔っ払いの笑い声や卑猥な言葉がいくつも響き渡り、やむことがない。むしろそれは子守歌のようになっていつも妙な心地良さを与えながら篤弘を眠りの世界に放り込む。
だが今日は眠れそうもない。ここに女がいるから、ではない。いるのはいつものことだ、そして女がいてもいなくても篤弘は勝手に眠りに落ちる。
一週間後に、ここに来る。それまでに話をつけときなさい。
夏朗はそう言った。兄というものを思う声で、しかし、毅然とした、あの神のもとに存在する者の声で。
胸が高鳴る。脳内で歌が響いている。地の底から這い上がってくるような、どこまでも迫りくるような歌。中央アジアのどっかの国の国歌のようだと父が笑って一蹴した歌。あの神を信じる者の胸にしか響かぬ歌。あの娘が歌い続けた、あの歌。
「おやすみ」
女の声が遠のいてゆく。
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