第一章 はじまり、発情

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 もういちど電車に乗るのは怖くて、大丈夫という彰聡の後について一駅分を歩いて家まで戻った。その日は結局発情期はやって来なくて、次の日にやってきた。  オメガの発情期は、女性のホルモン周期に似ている。排卵の前後に発情期がやってくる。女性だったら排卵を止めてしまうピルも、オメガの場合はからだに与える影響が大きすぎて、発情の症状を軽くするための薬しか使えない。医師の説明によれば抑制剤は、ホルモンの影響の強い女子と同じくらいの症状になるけれど、フェロモンの生成は押さえられない。つまり発情期は隔離するしかないらしい。  からだは俺のものなのに、まったく自分の意志では自由にならないことがもどかしい。それと同時に、個人差はあるんだろうけれど、女子ってこんなの毎月やってるの!?っていうおどろきもあった。  俺だって淡泊だったけれど一応男子で、なんだかむらむらして自分でしなきゃいられないって経験くらいはある。けれどもそれは出してしまえばおしまいで、やってしまえばその後はすっきりした。けれども発情期のこれは、出した直後はすっきりしてるんだけれど、すぐにまたもやもやが戻ってきてなんていうか際限がない。前回はそんなことも考えられないくらい、もっとどうしようもない感じだった。けれど、今回は抑制剤のおかげでだいぶ理性も余裕もある。  ……だからこそ、色々かんがえてしまう。  どうなったら一番楽なのかとか、自分がどうしたいかってこと。  みんなが、彰聡がいうように、俺たちが番になったら一番楽なんだろう。発情期はやってくるけれど、俺のフェロモンは彰聡しか感じなくなって、抑制剤さえ飲んでいれば発情期に外出だってできるようになる。俺だけじゃなくて、彰聡の体調だって安定する。マイナスになることは何もない。  ただ、番になるとセックスはさけて通れないし、普通の恋愛よりも独占欲とか庇護欲がつよく出るらしい。医師いわく、番になっちゃえばなんとかなっちゃうのは、この本能が強いからなんだそうだ。  と言われてもいまの俺が彰聡に向けている感情がなんなのか、わからないから迷うのだけど。  自分がオメガだと言われるまで、男なことに疑問も持たず、男と女どちらが性的対象になるかなんて考えた事もなかった。けれどそれは逆にいえば男女どちらでも対象になるのかもしれないと思うようになった。  これが知らないうちに俺が感じている彰聡のフェロモンのせいなのか、番になりたいと言われて意識しているせいなのかがわからない。  それでも容赦なく発情はやってくるわけで……。 『おはよう。今日の体調はどう?』  スマホの画面には朝届いた彰聡からのメッセージ。発情期を知らせるのは、恥ずかしいしなんだかとても抵抗があって、ぐずぐずと返事を迷って、でも結局一番困るのは自分と彰聡だからと『始まった』とだけ知らせた。  オメガだとわかってから、番うとか妊娠はまだしも、発情なんて当たり前みたいに言われても、こころは付いていかない。隠しても得はないとわかっていても、知られたくない。 『おばさんたちに言いづらいことで何かあったら』と言われて、しばらく放っておいてと伝える。いつか開き直るのかもしれないけれど、いまはまだ無理だとおもう。  からだは朝から熱っぽくて、けれど風邪のときみたいな悪寒や気だるさはない。むしろ時間が経つにつれて、妙な高揚感でやたらと元気になってきていた。外に出たらだめだとわかってはいるけれど、走りたいっていうか、むしろこどもの頃みたいに取っ組み合いのけんかとかしたいみたいな。ついでに妙に人恋しくもなっていた。  はじめて発情期が来たときをおもいだす。あのときは、こんなからだの状態とか考える余裕もないくらい、からだが熱くて、とにかくどうにかして欲しかった。  そう、それまではむらむらした時は、射精()したいっていう感覚がいちばんだったのに、あのときはそれよりもからだの奥が痒いみたいに、疼いてしかたがなくて──。  その感覚を朝から何度も思い出しそうになって、ふたをしていた。今はあのときよりも、薬が効いている分だけ理性もあるし、がまんもできる。けれど、ぼんやりした記憶の中に残っている快感は強烈で、ついついそれを引っ張り出したくなる。  でもそれと同じだけ、怖いとおもう。あのときにしたのは、いつもどおりの行為だったのに快感は際限がなくて、何度も何度も射精して、それでも足りなかった。  なんどふたをしても、気がつくと考えている。  俺って、こんなにこらえ性がなかったんだっけ。  スマホを持った手をぱたりとベッドの上に落とす。  怖いのに、もういちどあの快感を味わってみたいとおもうのが止められない。  片手で操作して動画のサイトにつなぐ。未成年といっても高校生ともなればそれなりに性欲処理は必要で、むしろ本当は俺らにこそ、こういう動画は必要じゃねーのとおもう。おかずがなくても抜くには抜けるけれど、やっぱり何かあったほうが盛りあがる。  サイトのサムネイルから適当な画像を選ぶと、少しのタイムラグがあって、切羽つまったような息づかいの音が聞こえてくる。ささやくような小さな音に、スピーカーからイヤホンに切り替える。  聞こえる音は小さいのに妙な臨場感があって、ごくりとつばをのんで、パジャマのままの下半身に手をのばした。性器は期待であっというまにふくらんで、刺激を与えられるのを待っていた。  いつも通りに最初はゆるくつかんで、しっかりと固くなるように上下にしごく。それだけで、じんとしびれるみたいな快感がはしる。  あ、とイヤホンからかすれた声がひびいてきた。同時にぐちゅりと粘膜の水音。クライマックスの少し手前、サンプル動画の画質は荒くてモザイクも大きい。何をしているかが分かって見ているからこそ補完するけれど、性行為を知らない人から見たらきっとよくわからないだろう。そんな動画でも、自慰の興奮を高めるためには何の問題もない。  数度行き来させただけでがちがちになって、先端にぷつと透明のしずくをためた性器に目をやった。まだはじめたばかりだというのに、あたまの中がぽわんとあいまいになって来る。  やっぱりいつもの自慰とは違って、敏感になりすぎている気がする。そう思うだけで、目に見えてしずくが大きくなった。  つかむ指を増やして、右手でがっちりと性器をつつむ。さっきよりも力を入れてきつく動かすと、はぁ、と息がもれた。まだつかんだだけ、少し動かしただけなのにすぐに絶頂を迎えてしまいそうなほど気持ち良かった。  あ、あ、あっ、あ……  イヤホンからは、突かれる度にあふれ出る声をかみ殺そうとする女優のあえぎ声が続いている。そのリズムに合わせて右手を動かし、左手にもったスマホをその場において、中途半端になっていたズボンを、パンツごと膝までずり下ろした。  あー、きもちい……。な、きもちいいだろ、ほらっ  荒い息のあいだにまざる男優の声。  甘く、愛撫のようにささやいて、ぱんっと肉のぶつかる音をさせて深く突きさすと、ひときわ高い声があがり、それから、だめ、も、イク……と呻くような女の声が続く。  そこからは、ギシとベッドの軋む音と、荒い息、それから限界を迎える女の声。  イク、も、だめ、イク……  あまりの気持ちよさに、女の声に合わせてイクとつぶやいた。女が訴える度に男は突き入れて、激しく交わる音が部屋のなかにひびいた。  右手で竿をしごきあげながら、左手で先端をなでる。ぬるぬるとした体液が亀頭に塗り広げられてとんでもなく気持ちが良かった。  イク、イク……  イヤホンから聞こえる女の声が、いつしか自分の声に重なる。それと同時に息をつめる男の声が、聞き慣れた声のように感じてきた。  ふわり、と嗅ぎなれたにおいがした。  小さい頃からいつもとなりにいた、そのひとの。あのひ、初めての発情した日に俺を支えた、たくましい胸の。きのう、電車の中でつかまれた、力強くてたよりたくなる腕の。  よく知った、そのにおいが。  ぞくぞくと背筋をふるえがはしって、あぁっとこらえきれずに声がもれた。  ぐちゅりとぬれた音がして、ありあまる快感にあたまの芯がしびれる。  イって……  男のこえが、あたまのなかから響いた。ぼんやりと快感にゆがむ思考は、現実との境目をあいまいにする。  いいよ、あまね、イって  それはもう、まぎれもなく彰聡の声で。  きもちいっ……、イク、も、あきっ……、イク  うながされるままに手を動かして、自らを絶頂に追いあげた。
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