宝石の涙

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第一話「涙」 少女が涙をこぼした。100カラットの涙を。 豪雪が吹き荒れる陸の孤島、山の上の集落の一軒家。 重い樫の木の扉を全体重をかけて押し開ける少女が居た。 もこもことしたダウンから顔をのぞかせる少女は、口から白い息を吐き部屋へと大股で入った。 手には大量の薪があり、今にも手から零れ落ちそうな雰囲気が感じられた。 扉を開けた瞬間、外の冷気がどっと部屋に流れ込む。 暖かかった部屋が冷気で少し冷えるが、まだ微かにもとの暖かさが感じられた。 少女は、手から溢れ出そうなほどの大量の薪を持ち、暖炉の前まで歩く。 歩いたあとが、溶けた雪で残る。 火の具合を確かめながら、暖炉に新しい薪を投げ入れる 薪を入れ終わると、手持ち無沙汰になった手で肩に積もった雪を払い落とした。 ドサッ 都会に住む人なら驚く、普段聞き慣れない雪の重さの音 その音と共に、方の重みが無くなり気持ちの良い開放感が押し寄せてきた。 開放感を方に連れ、火が奏でる柔和な音を聞きながら、暖炉の前の古いロッキングチェアにゆっくりと腰掛ける。 明るい炎が、私のところまで暖かさを運んでくる そして時折、暖炉の低い焔が、自分の家を忘れた蛍のように、ひら、ひら、と舞って、あたりをぼんやり赤く照す 私はいつもこの景色を見ながら、ゆっくりすることが好きだ。 腰掛けていると、不意に薄明のような眠気がやってきた。 眠っていると、遠くから声がした。 石のように重たい瞼を擦り、立ち上がる。 壁を頼りにしながら、おぼつかない足取りで一つの部屋に入った 母の寝室だ。 「お母さん、暖炉の薪を増やしておいたよ」 そういうと、ベッドから母親が起き上がろうとする。 そんな母を、ベットに寝かしつけ、 「体調が悪いんだから、しっかり寝なきゃ」 と、言う。 母の苦しそうな体から小さな声が聞こえる。 「アリア、いつも私の代わりにありがとうね」 私の母は最近体の体調がどんどん悪くなっていく。 3年前からずっとこうだ。 街の医者からは、過労だとか言っていた。 私はきっと治ると信じ、いつもの生活を送っていた。 台所に行き、うさぎの肉を切り、野菜を切り、温かいスープを作る。 「温かいスープで体が良くなると良いなぁ〜」 コトコトと愉快になる音を耳に、精一杯小さな体でかき混ぜる。 数十分くらいがたち、スープができた。 出来上がったスープを、トレーに乗せて運ぶ。。 部屋に入ると、母はいつもと違いなにか焦っていた。 近くにあった丸机にスープを置き、母が言いたいことを聞くことにした。 「お母さん、どうしたの?そんなに慌てて」 母は過呼吸を抑え、私に話しかけた。 「アリア、前にも言ったと思うけど、、、、涙は絶対に流しちゃいけないよ」 そう言われ、「またか」と心のなかで思う。 「何度も言わなくてもしっかり覚えてるよ、、、、でもなんで今?」 私は軽い質問をしたつもりだったが、母は少しの間黙り込んだ。 僅かな静寂のあと母はもう一度私に話しかけた。 「私はもうすぐ死んでしまうかもしれない、、、、いや多分もう死ぬ だけれども、アリアには泣かないでほしい、、、、絶対に」 私には泣かないでと言ったのに、当の本人は目から光り輝く涙を落としていた。 突然の重たい話に戸惑い、母に問いかけ直した。 「お母さん、なんで今そんな話をするの?」 少し涙が混ざった声で問いかける。 いくら年が幼いからといってこの場面では真実を悟ってしまうものだ。 でも、病弱だったが歳ほどまで笑顔だった母が死ぬとは思えなかった。  返事がない 不思議に思ってもう一度呼ぶが返事がやっぱりない。 「お母さん、、お母さん!!」 呼んでも揺さぶっても起きない母に頭が真っ白になる。 正直、母はまだ生きると、そんなに泣かないと、心のどこかで甘く見ていた。 いちばん大切な一人の家族である母が亡くなったことに耐えきれず、足から崩れ落ちた。 そして、涙をこぼした。 母から、「絶対に流すな」と言われた涙を。 私は泣きじゃくった、声がかれるぐらいに。命がすり減るぐらいに。 いつしか、吹雪が止んでいたのか、声が響いていた。 その声を聞きつけて、村のみんなが集まってくる。 今は、私一人だけにしていて欲しい。 でも、 「大丈夫か?」 そういって、村の人が家に入ってくる。 入らないで。 見ないで。 村の人はもうわかってるんだろう。 母親が死んだと。 村の人は、驚愕の目を見せた。 だから見られたくなかったのに。 母の目尻に残る 私の眼からこぼれ落ちる 涙という名の「宝石」を。
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