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22 優しい世界の悪魔・終
「ここには来るなって何度も言ってんだろうが」
「俺は来るよって言ったよな? それに旅館に押しかけなかっただけでもマシだろう?」
「押しかけんな。つーか、押しかけてるってわかってんなら来るな」
「嫌だね。可愛いソウくんを愛でる権利は、俺にだってある」
「アァ?」
「おまえのほうが、よほどこちら側だな。その顔、あまりソウくんに見せないほうがいいんじゃないか?」
「……チッ」
どうしよう、藤也さんとボスがケンカしている。……たぶんケンカだと思うんだけど、やっぱり俺にはわからなかった。
「言っておくが、俺が愛でるというのはペットと同じことだぞ? 誤解しないでほしいな」
「だから腹が立つんだろうが! こいつはペットじゃねぇ」
「ペット以上に愛でれば怒るくせに」
「当たり前だろうが」
「まったく面倒くさい男だな」
「おまえに言われたくねぇよ。おまえの嗜好のほうが面倒くせぇだろうが」
「そうか? 俺は自分の命を簡単に投げ出すような跳ねっ返りが好きなだけだぞ? そんなヤンチャに首輪をつけて、牙を撫でて、跪かせて、最大限待てをさせる。いい子でいられればご褒美に俺を食わせてやるのがいいんじゃないか。ギラギラした目で見られるだけでゾクゾクするしな。殺されそうなくらいの愛情でいきり勃つペニスに腹の奥をぐちゃぐちゃに抉られるなんて、最高だろう?」
「やめろ。蒼になんてもん聞かせてんだ」
「ひどいな。俺たちだって愛し合ってるのに。なぁ、静流?」
藤也さんがため息をついている。でも、さっきみたいな怖い顔じゃなくなった。ってことは、もうケンカは終わったのかもしれない。
それなのに、今度はボスの後ろに立っている静流さんが変な顔になった。怒っているわけじゃないみたいだけど、いつもと違う顔をしている。
「そもそも何しに来たんだよ。用事があるなら、さっさと済ませて帰れ」
「ソウくんにお年玉をあげようと思ってね。それから、クリスマスプレゼントの感想も聞きたいかな」
「あ……」
クリスマスプレゼントの服は、結局着ることができなかった。っていうか、それを伝えることすら忘れていた。
「はい、ソウくんにはお年玉。今度、海外旅行に行くんだろう? これでおいしいものをたくさん食べるといい」
「あの、ありがとう、ございます」
まさかボスにお年玉をもらえるなんて思わなかった。
(それに、いま海外旅行って……)
もしかして、俺が海外旅行に行くってことなんだろうか。慌てて藤也さんを見たら、ポンって頭を撫でられた。
「パスポートを作るってことは、養子縁組は終わったのか?」
「いや、蒼自身に決めさせることにしたからまだだ」
「なるほど。おまえはとことん優しい男だな。悪魔のような男だと言われていたのが懐かしいよ。いや、いまもそちら側では悪魔と呼ばれているか。豪腕も手法も俺たちよりよほどイカレてる。そういう意味では悪魔で間違いはないな」
ボスの話はやっぱり難しい。でも、藤也さんが悪魔と呼ばれているってことはわかった。
(まさか)
そっと藤也さんを見た。たしかにちょっと怖い顔をすることもあるけど、藤也さんは優しい人だ。それにかっこいいし何でも知っているすごい人だ。それなのに、どうして悪魔なんて呼ばれているんだろう。
「キョトンとしたソウくんの顔も可愛いじゃないか」
「勝手に見るな。名前も呼ぶな」
「本名を口にすればおまえの機嫌が悪くなるから、気を遣ってソウくんと呼んでいるのにか? まったく、我が儘な悪魔だな」
「うるせぇ。悪魔なんて呼んでんじゃねぇよ」
「ソウくんの目がトロンとしてるのは、明け方までヤッていたからだろう? それでまたクッションまみれなんて、ある意味悪魔そのものじゃないか」
「人んちの性生活に口出しすんな」
「へぇ、『人んち』ねぇ。おまえの口からそんな言葉が出てくるとはな。おまえにとってもいい傾向ということか」
「だからうるせぇって言ってんだろうが」
藤也さんの顔が、またちょっとだけ怖くなる。でも、ボスのほうはずっと笑顔だ。
(ケンカじゃないといいんだけど)
ケンカはよくない。藤也さんとボスは兄弟だからケンカするのは普通なのかもしれないけど、やっぱりしないほうがいいに決まっている。そんなことを思いながら、膝に乗っけたクッションをギュウッと抱きしめた。
「ま、匂い立つ色気まで漂わせるようになったということは、おまえが思い描いている形に近づいているってことなんだろう」
「俺のもんだからな。とことん俺好みにするだけだ」
「なんだ、やっぱりドストライクだったんじゃないか」
「うるせぇ。わかってて押しつけたんだろうが」
「そりゃあそうだが、いままではすぐに捨てていただろう? あぁ、手をつけた女の子どもだからか?」
「さぁな」
「おまえは顔に似合わず情の深い男だな」
「それだけじゃねぇよ」
「おっと、本気で惚れたとでも?」
「おまえが静流を思う程度にはな」
「なんだ、本気じゃないか」
藤也さんとボスの話は、いつも難しくてわからない。頑張って本もテレビも見ているけど、やっぱりわからないことだらけだ。
だからこそ、ちゃんと話を聞かないといけない。人の話をもっとしっかり聞いて、いろんなことがわかるようにならないとダメだ。
(そう思ってるのは、本当なんだけど……)
頭が段々ぼんやりしてきた。毎日たくさん昼寝もしているのに、そのぶんセックスで夜中に起きているからかすぐに眠くなってしまう。
左側のクッションをどけて藤也さんの体にぴったりくっついた。うん、こっちのほうがいい。気持ちいいし、体もぽかぽかする。
「すっかり懐かれたな」
「蒼には俺しかいねぇからな」
「で、プレゼントは使ったのか?」
……そうだ、プレゼントの話だった。俺がサンタクロースのスカートを着ていないことを、ボスにちゃんと伝えないと。そう思っているのに口が開かない。それに目までショボショボしてきた。
「あぁ、クリスマスはそれどころじゃなかったんだったか。とんでもない根回しをしていると鷹木のオヤジが苦笑していたぞ」
「やれることはやっておかねぇと、後々面倒だからな。たとえ気が変わってこいつを引き取りたいなんて思っても、誰も手が出せねぇようにしておく必要もあったしな。そもそも生殺しのように捨てたんだ、いまさら情が湧くってこともねぇだろうが念のためだ」
「使い道があるかもしれないと思っていたのかもしれないがな。しかし、今回のことで手が出せなくなっただろうし、何よりあちらさんはいま内部抗争真っ直中でそれどころじゃないはずだ。それにしてもおまえ、相変わらずえげつないほど鮮やかな手腕だな。いっそこちら側にくる気はないか?」
「ふざけんな。そっちはおまえ一人で十分だろうが」
ケンカじゃないみたいだけど、藤也さんとボスの声がいつもより低くなった。おかげで何を話しているのかほとんど聞こえない。
「眠いんだろ。眠っとけ」
うとうと揺れていた頭をポンって撫でられて、もっと頭がぼんやりしてきた。気がついたら藤也さんの膝にほっぺたがくっついている。
「ま、取りあえず養子縁組直前までいけてよかったな。ところで、俺の贈り物はどうだった? 俺の体で試したやつだ、なかなかの効果だっただろう?」
「まぁ、たしかにな」
「腸内のアルカリ性と酸性を調整してくれるらしいからな。中出ししても腹を下すことは少ないはずだ」
「おまえの性生活を聞かせんな、胸糞悪ぃ。だが、まぁ悪くはなかった」
「必要なら手配するが?」
「ンな頻繁には使わねぇよ」
「へぇ。普段はセーフティセックスか」
「当たり前だろ。おまえんとこと一緒にするな」
「おかしなことを言う。愛する男の激情を腹で受け止めるのは例えようがないくらいの快感だぞ? ソウくんも悦がりまくっただろう? あの快感は一度覚えると忘れられなくなる。そうだな、一晩中腹を満たされても飢えてしまいそうになるくらいだ」
「だから、おまえを基準にすんな。おまえはぶっ飛んでんだって、いい加減気づけ」
「失礼な奴だな」
ボスと話しながら、藤也さんがずっと俺の背中を撫でてくれている。それが気持ちよくて、どんどん頭がボーッとしてきた。藤也さんとボスの話をちゃんと聞こうと思っているのに、眠くて段々聞こえなくなる。
「で、これからどうするんだ?」
「変わらねぇよ。養子にすれば手続きが楽になるだけ、そうじゃなくても法的なもんは全部クリアさせる」
「ソウくんには?」
「いま話しても理解できねぇだろ。だが、二十歳以上も離れてるんだ。いつ何があるかわかんねぇからな。準備だけはしておく」
「高宮は大変だろうな」
「ブチブチ文句を言ってはいるが、率先して根回ししてるからいいんだよ。それに高宮んとこの娘も、弁護士になってこいつの面倒を見るとか言い出しやがるしな。ま、将来は安泰だろ」
「ソウくんは人に好かれるだろうからな」
「だから、あんな環境でもこの程度で済んだってことだ。ま、これからは俺が何もかも満たしてやるさ」
「父親みたいだな」
「やめろ。ただでさえ母親のこと知ってんだぞ」
ほんのちょっと背中を撫でる藤也さんの手が止まった。
「一瞬、疑っただろう? 書類を見てホッとしたんじゃないか?」
「疑うか。俺は昔から生でしたりしねぇし、孕ませたことなんか一度もねぇよ」
「そういえばそうだったな。だが、もし血の繋がりがあったとしてもおまえなら手に入れていた。違うか? それにここまで入れ込んでいるんだ。どっちにしても結果は同じだったはずだ」
「だから、おまえを基準に考えるな。俺はおまえみたいな鬼畜じゃねぇ」
「悪魔が何を言う。失礼な奴だな」
「おまえのほうこそ失礼だろうが」
どんどん難しい話になっていく。それに目も開けていられなくなってきた。
「まぁいいさ。それに、おまえにも大事なものができたことは俺も喜んでいるんだ。どうだ? ほしいものを手に入れると生活に潤いと張りが出るだろう」
「はいはい、家族ができると世の中楽しいことばかりだよ」
「それはよかった。一応、たった一人の片割れだからな。心配くらいはしていたんだ」
「そりゃどうも」
「これで老後の心配もなくなった」
「本当に失礼な奴だな」
藤也さんの手がほっぺたを撫でている。温かくて大きな手で撫でられるのが気持ちよくて、ぽかぽかする体がフワフワしてきた。
「悪魔にだって休息の場所は必要だろう」
「昔ほどじゃねぇよ」
「ソウくんの中におまえしかいないように仕向けているのに? おまえの言うことしか信じないように躾けているのに? ソウくんの中は、すっかりおまえだけになっているじゃないか。これでおまえがいなくなれば、ソウくんは間違いなく死ぬぞ?」
「そこらへんは、これから追い追い躾けていくさ。ただ、こいつのすべてが俺だけだってのは変わらないだろうがな」
「やっぱりおまえは悪魔だな」
気がついたら藤也さんとボスの話し声が聞こえなくなっていた。そういえば足音が聞こえた気がする。きっとボスたちが帰ったんだ。
「さて、昼寝でもするか」
藤也さんの声が聞こえて、体がふわっと浮いた。そのままフワフワ揺れて、ぽすんって柔らかい感触に包まれる。
「なに笑ってんだか」
大きな手がおでこを撫でている。それが嬉しくて口がニマッてしてしまった。そうしたら、藤也さんがチュッてキスしてくれた。
口がくっつくだけのキスも好きだ。そんなことを思いながら、温かくて大きい藤也さんの体にくっつく。胸に顔をくっつけると、藤也さんの心臓の音が聞こえてきた。藤也さんの心臓はトクトクって優しい音がする。
(ここは、俺だけの大好きな場所だ)
もう丸くなって寝なくていい。藤也さんがいるから怖くも寂しくもなくなった。
俺はふぅって息を吐いてから、もっとぴったりくっついた。そうして、藤也さんと俺だけの世界で一緒に眠ることにした。
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