第五話後編 「邂逅」

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第五話後編 「邂逅」

「まずは先手必勝っ!」  そう言うと愛桜は死神に向かって走り出し、勢いよく足を踏み入れ、宙から死神の仮面に向かって剣を振り下ろす。その瞬間、金属音があたりに鳴り響き、空気を纏った衝撃波が足元へ波及する。 「くっ...まぁそう簡単にはいかないよねぇ!」  鎌の持ち手で受け止められた愛桜の斬撃。死神はそのまま鎌を外側に振り落とし、その勢いで愛桜を遠くへと吹き飛ばす。 「くはっ...!」  水平に勢いよく吹き飛ばされた愛桜は、強烈なGが掛かる中、右手の剣を地面に突き刺して、剣が火花を散らしながらも、無理やり減速させて着地を決める。 「結構やるねぇ...!じゃあ、これはどうかな!?」  その瞬間、真っ赤な剣にオレンジ色の炎が纏い付き、火炎の剣に変化する。そして死神へと再び走り出し、剣を横、縦、斜めへと振るう。  その斬撃は、黒いドレスコートの先端には当たるものの、動きを捉えた死神によってゆらゆらと避けられてしまう。そして、最後の斜め切りの時に再び、鎌の持ち手で遮られる。だが、 「引っかかったね…?」  炎の色は黄色へと変化する。  同時に、鎌の持ち手はバターのように溶け始め、瞬時に鎌が剣によって切断される。続けざまに右下へと位置する剣を左上へと構え、右側への横薙ぎで死神を両断する。 「はぁぁあ!」  死神には足は無い。どういう原理かは分からないが浮いている。だが、上肢が見えているからこそ、どこかしらに胴体や下肢もある。それを信じての横薙ぎであった。その斬撃は、確かにドレスコートを真っ二つに切り落とした。だが、愛桜の手元に重い感触はなかった。その直後... 「――ッ!」  切られた持ち手を槍として、愛桜の斬撃の隙を付いて突き刺す。槍先が愛桜に当たろうかという時、 「――封印の書!帳!」  愛桜の後方から、どこからともなく現れた無数の紙切れが1枚の壁となり、死神の攻撃を跳ね返す。 「愛桜!単独で動くな!一旦距離をとって協力して動こう!」 「うん!わかった!」  愛桜はそのまま後ろに下がり、2人の元へと合流する。 「どうだ?切った感触はあったか?」 「いや...全然重い感触は無かった。ってことはやっぱり首を切らないといけないのかな...。」 「大きな一撃を与えるにはおそらくそれしなかいだろうね。あの死神が普通の悪魔とひとつ違うのは、あの藁人形に込められた呪いがある限り、死神として生き続けるという点だ。ほら、二人とも見てみろ。」  二人が死神の方向へと視線を向けると、先程切ったドレスコートは長さが伸びて元の形へと戻り、また折れた鎌は死神が折れた部分をくっつけることで再び元の形に戻していた。 「悪魔と同じで再生能力がある。死神は既に呪いを体内に取り込んでしまったから、あいつをこの書で封印するしか倒す方法はない。作戦として、自分が最初にヘイトを買って攻撃を受け止める。その間に愛桜と鈴音は隙をついて攻撃をして敵を弱らせてくれ。再生能力があると言っても、呪いを元にしているから限界はあるだろう。いいか?」 「うん!お兄ちゃん!」 「神楽くん、了解!」  二人は神楽の作戦に大きく頷く。やることは決まった。あとは倒すだけだ。 「よし、行くぞ!」  その掛け声と共に、神楽は死神に向かって前へ突進。愛桜は真横へと走って死神の真後ろへと。鈴音は神楽の後ろで弓矢を構える。 「まずはお手並み拝見だ...。創造の筆、フルバースト(解放)!」  神楽がそう唱えると、神楽の右手に携えた筆先が触手のように六本に分かれ、全てが独立した動きで死神の方向へと突き刺すように向かい出す。  死神はその六本の刃先の内、自分の上半身を狙う三本のみを鎌を振るいあげて打ち払い、残りはドレスコートが受け止める。そして、間髪を入れずに神楽は筆剣で真上から頭を狙って振り下ろす。  刃先を打ち払ったばかりの死神は、神楽の斬撃を避けようにも動きが取れないため、鎌で斬撃を受け止める選択肢を取る。それと同時に... 「はぁぁあ!」  後ろに回った愛桜が勢いよく剣を振り下ろし、死神の後頭部を捉える。だが、その時...。 「――なにッ!?」  一瞬にして死神の姿が消え、二人は虚空を切る。正確には地面に潜ったの方が言い方は正しいだろう。 「...どこだ。どこに行った...。」  二人は背中合わせになり、辺りを見渡す。その時であった。突如、鈴音の後方から死神が姿を現したのだ。 「鈴音ッ!後ろだ!」 「...ぇ?」  鈴音の背後に現れた死神は右腕を振り上げ、鈴音の首筋に再び鎌が掛かりそうになる。だがその時―― 「――そんなの、させないッ!」  愛桜は胸ポケットから血液パックを取りだし、それを手で握り潰す。宙に浮いた血液は一瞬にして槍の形へと硬質化し 「はぁぁあっ!」  愛桜が死神の方向へと勢いよく腕を振るうと、鮮血に染まった槍は死神に向かって発射され、鈴音の右肩をすり抜けて死神の右手へと重く突き刺さり、そのまま右手が爆破される。 「逞帙>蜿ウ謇九′逞帙>縺?◆縺?h!」  直後、死神の右手は鎌ごと地に落ち、ノイズのかかった何かを口にしながら、左手で切り落とされた右腕を抑える。死神が苦しんでいる隙をつき、鈴音は弓を引き、 「えぇい!」  一本の矢を死神の首元に打ち込む。首元に矢を打ち込まれた死神は未だ苦しみながらも、再び地へと姿を消す。 「また消えた...!」 「鈴音来い!みんなで背中合わせで固まるんだ!」  その掛け声に鈴音は2人の元へと合流し、3人で背中合わせになって周囲を警戒する。 「おそらく、死神は影に隠れる特性がある。だから影で後ろを取られないように、隠れたら背中合わせだ!」 「神楽くんごめん...そんなことも気づかなくて...。」 「いや、謝らなくていい。生きて帰るぞ...!」  落ち込む鈴音を鼓舞する神楽。しかし―― 「一体どうやって勝つの!ずっと影にいられちゃあ圧倒的に不利だよ!それにもう逃げられた可能性だって...。」  愛桜がそう口にする。  たしかに、影に隠れられるのは圧倒的に不利だ。このまま放っておけば、文字通り寝首をかかれることになるだろう。いや、むしろ死神としてはその方がベストな動きのはずだ。影に隠れ続けて落ち着いた頃に攻撃をする。もしくは、この場から影に隠れて逃げ、対象の元へ行くことだってできるはずだ。だが、それをせずに自分たちと相対しているというのは、なにか条件があるはずだ。 「逃げない...いや逃げられない何かがある...。まさか、結界か...!」  この場所はあくまで神社である。それも神楽と契約を果たした神社。神社は古来より、鳥居をくぐった先は結界が張られているとされてきた。となれば、この場所で死神として覚醒してしまったことでこの神社の結界に阻まれて身動きが取れなくなっている。だからこそ、自分たちを倒すしか選択肢が無くなっているということでは無いだろうか...。ならば、 「この神社内にいる限り、あいつは絶対俺らを倒しに来る...作戦変更だ!みんな一気にばらけて、死神が来たらそこで足止めしてくれ!あとは自分が封印する!」 「「了解!」」  3人はそう言うと一斉にそれぞれの方向へとバラける。三人の距離が取られたその時、愛桜の影から死神が再び姿を現す。  走る愛桜だが、死神が現れたことを察知した愛桜は、死神が鎌を振り下ろす瞬間に振り返り、その鎌を火炎の剣で受け止める。 「縺雁燕縺?縺代?谿コ縺!」 「え?何言ってるかわかんなーい!」  死神へ愛桜が煽った瞬間、死神の頭に青白い三本の矢が真横から突き刺さり、突き刺さった勢いで死神は上肢をよろつかせる。その隙をつき、 「はぁぁぁあ!」  愛桜が縦、横、斜めと、これでもかと死神に切りつける。 「お兄ちゃん、今!」  愛桜の合図と共に、こちらへ走り向かいながら神楽は唱えた。 「創造の筆!フルバースト!」  六本に別れた筆先が死神の胴体を捉えて体を突き刺し、宙へと串刺しにする。宙に浮かされた死神は影へ逃げるとこができず、身動きが取れない状態から... 「封印の書!応用術――(クサビ)!」  封印の書を筆に合わせると、直後に封印の書から出現した緑色の楔が剣全体にまとわりつく。まるで植物が大地を侵食していくかのように、楔は突き刺した先の死神へと筆を介して向かい、死神の体を強く縛り付ける。そして... 「――これで終わりだ。封印の書、フルバースト!」  風が吹き荒れ、神楽の手に持つ書が風になびいて音を立てる。封印の書から現れた無数の紙切れが風に乗って死神の体を覆い尽くし、切り裂き、風が収まったと思えば、その場から死神の姿は消え去っていた。 「終わった...の?」  鈴音はその光景にぽつりと呟く。  その問いに、神楽は小さく頷いた。 「よ、良かったぁ...。私、生きて帰れたんだ...。」  鈴音は安心し、思わず腰が抜けてその場で尻もちを付く。 「うーん、死神っていうぐらいだからめっちゃ強いのかと思ってたけど、そんなに強くなかったね。私、一ミリも本気出してないよ?」  愛桜は両手を合わせて腕を上げ、背伸びをしながら言葉を口にする。まるで、戦いがいがなかった言いたげである。 「おそらくだが、死神の力の源である呪いの力が足りなかったんだろう。普通、死神のような呪いを喰らう類は、呪いの力を蓄積していくような戦い方をするが、呪いゼロのスライム状態であったことを考えると、それほど強くなかったというのも納得できるな。」 「そういう事かー!だけど、なんでスライム状態だったんだろうね?」 「うーん...分からない。死神レベルのものが瀕死になって呪いの力を使い果たしたなんてことは考えにくいし...としたら産まれたての死神だった説が濃厚だな。」 「えぇ、あれで生まれて!?だとしたら強いわあれ...。」  手を口に当てて驚く愛桜。先ほどまでの手応えないアピールは何処へやら…。  しかしながら、他二人もあの死神の強さを実感していた。あれだけの強いものが現れるようになってきた。その事に危機感を覚える。死神の状態が万全でなかったことが幸いし、3人で倒すことが出来たが、本来ならはもっと大掛かりの人数での討伐が必要なレベル…しかもかなり死者数を出すと考えられるようなものだ。そんなものがここらに現れるとは、やはり最近は何かがおかしい。 「まぁでも!私とお兄ちゃんの神がかった愛のある連携で結果的に倒せたんだし!愛はどんな困難も乗り越えるってことだねっ!」  愛桜は持っていた剣を地面に放り投げて、自身の両腕を神楽の腕へと絡める。その大胆な愛情表現に、神楽は反応に困りながら苦笑いをする。 「あ、そういえばひとつ聞きたいことがありました!」  その声に、二人は鈴音の方へ顔を向ける。 「悪魔って痛みとかそういった感覚ってないんですよね…?さっきの悪魔、愛桜ちゃんの攻撃に対して痛がってたと思うんですけど…。」  そのことに対して、愛桜も思い出したかのように「あっ、」と声を上げて目を開かせる。 「確かにそれ気になってた!ねぇ神楽、あれはどういうことなの?」  二人は神楽に回答を求める。すると神楽はひとつ咳払いをしてから答えた。 「恐らくだが、あの死神という類はちょっと悪魔とは原理が別物でな。さっきも言ったように、あいつは人の負の感情を生きる力とするんだ。つまり反対である正の感情に触れることは死神にとっては苦しみなんだよ。ここまでくれば、愛桜はわかっただろ?」  愛桜は静かに頷いて神楽に続けて言葉を紡いだ。 「私の神器はで、能力は自分の思いを炎として生み出すもの。そして、その威力は思いの丈で上昇し続ける。思いは血液を介して剣に伝わっている。だから、私の血液で作った槍の攻撃で生の感情が死神に流れ込んで、苦しんでたってことでいい?」 「ああ、そういうことだと思う。」  流れるように説明をされたが、鈴音の頭は追いつかなかった。とりあえず、愛桜の剣は血液を通して思いを乗せることができるものであり、それがたまたま死神の弱点にヒットしたということは分かった。 「じゃあ、あの槍も剣も血液が元になってるってこと…?」 「うん、そういうこと。」  鈴音の質問に愛桜は小さく頷く。  だが、自身の血液を操って武器にするなんて、そんな人間離れした能力をどうやって手に入れたのだろうか。  そう不思議がる鈴音の顔を見て察した愛桜は、自ずとその答えを口にした。 「――神器はね、代償として失うものもあるけど、逆に得られるものもあるって事だよ。まぁーあ!新しく入ってきた泥棒猫にはまだ分からないだろうけどぉー!」  高々と声を上げ、こちらの様子を見るようにチラッと目線だけを向けてくる。  そんな愛桜の挑発もあったが、先に発した言葉はどこが重く、その重さが分からない鈴音は、契約者としてまだまだ未熟者なのだということを内側から実感させられる。  代償を受けた先に得られるもの。果たして、私はその域にたどり着くことが出来るのだろうか…。 「三人ともー!大丈夫ー!?」  その声と共に、家屋の方から走ってきたの神楽の母であった。そして、その後ろを未歩が歩く。 「うん、全然大丈夫!見た目だけごつい雑魚立ったよ!」  愛桜が元気にそう答える。  三人の姿を見てどこも怪我がないことを確認した神楽の母は、胸を撫で下ろした。 「…愛桜!」  後ろにいた未歩が愛桜に駆け寄り、そのまま抱きつく。 「愛桜、どこにも怪我はない?私、愛桜が居なくなったら、私っ…!」  声を震わせながらも、小さな愛桜の体を包み込むように強く抱き締めた。 「お姉ちゃん、大丈夫だよ!大袈裟だなぁ。」  愛桜はそう言いながら、未歩の背中を撫でる。  そんなふたりのやり取りが続く最中、神楽の母は鈴音に近づきとある提案をした。 「(うち)を守ってくれてありがとう。もうこんなに遅いしつかれたと思うから、良かったら泊まってって。あ、鈴音ちゃんの親御さんが良ければだけど…。」  思いもよらぬ提案に真っ先に反応したのは愛桜であった。顔だけを振り向かせて、提案に乗るなと言わんばかりにこちらを睨みつけてくる。  だが、反対に神楽の母は目を輝かせて泊まらせようとする気満々の表情である。この板挟み、どう切り抜けようか考えた結果、鈴音は自身で考えることをやめた。 「い、一旦うちに電話してもいいですか?」 「ええ!ぜひ!」  おそらく、おばあちゃんの事だから「他所に迷惑になるから帰ってきなさい。」と言われるだろうと予想した。さすがの神楽の母も、相手の保護者が許可を出していないなら泊めるわけにはいかなくなるだろうと考えての行動であった。  電話をすると、予想通り最初の一言目は渋った言葉であった。しかし、相手の親に代わって欲しいと頼まれて神楽の母に渡すと流れは一変…。 「まぁ、もう遅いし、相手のお母さんもいい人そうだから、泊まっていいわよ。」 「…ぇ、」  まさかの返答に鈴音は呆気。  こうして神楽の家へ一泊することが決定してしまったのであった。
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