第二話 「契約」

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第二話 「契約」

 少年が去った後、警察がその後の対応に当たった。世間では都市伝説扱いとはいえ鈴音自身、悪魔という存在を駆使して多くの人を傷つけてしまったことに自責の念を感じていた。そして、このまま刑務所送りにされるであろうとも想定していた。だが、 「君はもう帰っていいよ。この事件は悪魔のしたことだ。君とは何も関係ない。」 「…え、でも私…。」  崩壊したホール会場の外で、警官から受けたその言葉に戸惑いを隠せなかった。自分は契約者である、そして契約した悪魔は契約者の想いに沿って行動する。つまり、契約した時点で罪の責任を問われてもおかしくないのだ。だが、 「今の法では悪魔が事件を起こした場合、その契約者が罪に問われるということはない。つまり、君は無罪なんだよ。でも一つだけ覚えておいて欲しい。この事件が明るみになれば、いつ法律が改正されるか分からない。だから、もうこういうことはするんじゃないぞ?」 「は、はい。」  片目に眼帯をつけた警察官の優しさだったのだろう。なるべく罪の責任の重さを背負わせないようにという配慮がそこにはあった。  とまぁ、こういった流れで鈴音は何事も無かったかのように帰宅を促された。そして、今から数分前、偶然先程のオレンジ色のパーカーに制服を着た謎の少年を街中で見つけ、少女は謎の少年の足跡を辿り、気がつけば長き石段が続く神社の前へと訪れていた。 「あ、入った。」  悪魔を切り裂く謎の筆と悪魔を封印する謎の本。それらの力を目の当たりにして、明らかに常人ではないと思っていたが、一体神社に何の用事があるのか。まさかこの場所にあの力の根源が存在するのであろうか。 「…うーん。」  鳥居の前まで来たものの、静寂で重苦しい雰囲気を引き出す鳥居に、なぜだか歓迎されていない感じがして、足が一歩引ける。だけど、もしこの先に未来を変える力が眠っているのだとしたら、私はそれを手にしたい。 「し、失礼しまぁす…。」  恐る恐る、年期を感じる石畳の上へ一歩を踏み込んでみる。最初の一歩は、足を踏み出すか否かを躊躇し続けていたが、鳥居を超えた一歩から先は、意外にもスイスイと足が進むようになった。  石段の左右には、種類は違うであろう様々な木々が乱雑し、風が吹く度に葉の音色が耳元に囁いてくる。種類が違くとも、それが調律となり、心地の良い音色へと変わる。その音色を聞きながら登った石段の天井。そこには、しめ縄で囲まれた大きな御神木と小さな社。そして、そこに祈る一人の少年がいた。 「…誰だ?」  話しかけようか迷っていた時、こちらへ視線を向けることも無く、少年はその存在に気づく。  ここで気づかれるとは思っていなかった鈴音は、頭が真っ白になる。なにか話さなくてはと焦り、 「――あ、あの!歩いてたらちょっといい神社だなぁって…いや、そうじゃなくって…えっと、」  何を言ってるのか自分でもよく分からない。言い訳がしたいのか、それとも話しかけたいのか。はっきり言葉を話さないとただのストーカー認定に… 「あぁ、君か…。」  そう焦っていた鈴音に、少年は振り向いて声を掛ける。どうやら気づかれてしまったようだ。 「とりあえず、お参りだけしていきなよ。神社は神様の住む領域だからね。お邪魔しますと一言だけ。」 「う、うん。」  少年に諭され、鈴音は社の前に立って両手を合わせ、祈りを捧げる。二礼二拍手一礼、神社の作法を覚えていてよかった。 「ところで、君はなんでここにいるの?」 「ぇ?」  その問いかけに言葉が詰まる。まさか、後をつけてきただなんてことは言えるわけがない。何か言い訳を…。 「い、いつもこの神社を参拝してる常連なんだけど!たまたま通りかかったからお祈りしていこぉー、なぁんて…。」 「ふーん、そうか。実は俺、ここの神主なんだ。いつも来てくれる方は顔まで全員覚えているんだけど、君の姿は見た事がないな…。」 「ぁえ?」  ここの神社の神主なんてことがあるのかと驚きを隠せない。これでは嘘は見抜かれたも同然だ。終わった。ならばもう… 「ご、ごめんなさい!さっきのは嘘で、実は神楽くんのことが気になって着いてきちゃったんです!」  正直に謝って話すしかない。最悪、ストーカーとして認識されて追放なんてことがあるかもしれない。それだけは避けたいのだ。 「んえー?なぁに話してるのぉ?」  とそこへ、後方から女の子の声が掛かる。その声の方向へ振り向くと、そこには自分よりも少しだけ身長の低い、ショートのボブヘアー、黒のセーラー服の中学生がいた。 「あ、まさか彼女さん!?私、安倍愛桜(あいら)と申しますぅ!ここにいる神楽の妹です!こんな取っ付き難い兄ですが、どうぞよろ…」  しくを言いかけたその時、愛桜の頭にげんこつが降り注ぐ。そのゲンコツは、神楽のものであった。 「変なことを言うんじゃない。この人は彼女でもないし、友達でもない。さっき助けたストーカーだ。」  やっぱりストーカー認定されていたのだと知り、少し額に冷や汗が零れる。 「ふぅーん、そうなんだぁ。ま!なんでもいいや!改めてよろしくね!」 「よ、よろしく…」  差し出された右手に、こちらも右手を差し出して優しく握る。その時、 「――いたっ…!」  相手方に力強く手を握られ、腕ごと体を引っ張られる。自身の体が相手の体に傾いた刹那、耳元に衝撃的な言葉が囁かれる。 「あなたが誰かは知らないけど、お兄ちゃんに変なことをしたら殺すから。」  そう囁かれ、鈴音は雑に両手で体を押し戻される。 「ん、どうした?大丈夫か?」  その一瞬の異変に気がつき、神楽は二人に声をかけるが、愛桜はすかさず… 「ううん!なんでもない!どうやらコケちゃったみたい!ね!?」  と笑顔で返答し、鈴音も無言の圧を感じて首を大きく縦に振る。  この時、興味本位だけで着いてきたのは間違いだったと悟る。けれども、私はここで引き下がれない理由があった。 「あ、あの!さっき神楽くんが使ってたやつ…他にもあれば私に貸してくれませんか!?」 「い、いきなり何を…」 「お願いします!私も、戦うための力が欲しいんです!」  力がなければこの先の未来は明るくできない。これは神楽が放った一言だ。  私はその言葉にひどく共感出来た。家族に虐げられた際に抵抗できなかった自分、悪魔に家族を殺された際に逃げることしか出来なかった自分、家族との繋がりを感じていたいがためにピアノに固執し続けてしまった自分。それらは全て、自分に力がなかったから起きてしまった災難だ。  私自身に力がなかったが故に、悪魔という存在に頼ろうとし、そして力に飲まれそうになった。悪魔と契約することは恐ろしいことと知っていたのに、目先にある力に負けてしまった。だから、もう自分が力に飲み込まれないために、そして家族を殺した悪魔をこの世から消すために、私は力が欲しい。 「お願いします…どうか私も悪魔に抵抗できる力を…。」  神楽に向かって深々と頭を下げ、再三にわたりお願いをする。  その様子を見て、神楽は少々動揺をしていた。直接的に言われることは初めてだったし、どう対応すべきかも分からず、戸惑いを生じていた。だが、返す答えは心の中で既に出来上がっていた。 「すまない、それは出来ない。 」  と、そう一言発する。少年は視線を斜め下にそらし、理由を語ることも無く、ぽつりとそう一言だけ発した。 「そこをなんとか…!」  それでも諦めずに頭を下げる鈴音。自身の家族を皆殺しにした、そして自分の魂をも喰らおうとした悪魔に対抗できる唯一の方法。その神器という力がどうしても欲しかった。  そして、その誠実な鈴音の姿を見て、神楽は自身の思いと葛藤していた。自身の手で悪魔に対抗したいという鈴音の思いは分かる。自分だってそうだったから。だが、、、 「――いい加減にして!」  頭を悩ませる神楽に変わり、隣にいた愛桜が声を荒らげる。そして、こう言いきった。 「あのね、お兄ちゃんは遊びでこの仕事をしているわけじゃないの。悪魔と戦うってことは命をかけて戦うに等しいことなの。だから、そう簡単に欲しいだなんて言うべきじゃない。」  この力は自衛のために持つようなものでは無い。この力を持てば悪魔に対抗出来る…そんなもので片付けていいわけが無いのだ。だから―― 「まぁいいじゃないのー。」  その刹那、続けて声が聞こえてきたのは別の女性の声だった。その方へ視線を移すと、神社の横に位置する木造の建物から、一人の女性が出てくるのが見えた。  年齢は40代ぐらいであろうか。口元にほうれい線のシワが多少見えるが、それでも40代とは見えないほどに美しい顔立ちだった。 「神楽、愛桜、もうその辺にしておきなさい。この子に何も非はないのよ?」 「「――お母さん」」  二人の反応から、その女性は母親であることが分かった。そして母親は続ける。 「何も秘密にすることは無いじゃないー。あなた達だってこの子と同じ状況だったのよー?それに、仲間が増えるのはいい事じゃないのー?」 「母さん、そんな単純な問題じゃないんだよ…。母さんだって分かるでしょ…。」 「あら、そうかしら?」  首を傾げる母親の楽観的な姿勢に、思わず二人は呆れた顔をする。 「何も全員を仲間になんてことは言わないわ?でも、今は人数不足でしょ?それに、この子は自分から望んで来てるのだから、情報だけでも教えてあげたらどーお?」 「う、うーん…。分かったよ…。」  母親の意見に完全に流された神楽は意を決し、鈴音に向かって話し始める。 「お見苦しい所をお見せしたね…。うちの母さんもこういってるから、話すよ。母さんの言うことは事実だからね。」 「は、はい!」  力を手に入れたいという思いもそうだが、今は好奇心の方が優っていた。神器とは何か、悪魔とは何か、神楽とは何者か…。それを知れるということの嬉しさ、そこから出た「はい!」という返事だった。 「まず、神器についての説明。さっきの戦いからもう見当はついてると思うけど、悪魔とは神器を使って戦うんだ。神器はその名の通り、が作りし武。そして悪魔は、神によって作られた物でしか斬れないし、倒れない。そういう性質を持つ。」  神器...神楽が持っていた不思議な本と、大剣のような筆もその一種ということなのだろう。 「でも、神器というものは簡単に貸せるような代物じゃないんだ。この神器は、この世の神様と契約をして手に入れられるものだから。」 「この世の神様と契約…?」 「そう。この世の神様だったらなんでもいい。木や水、大地などの身近なものから神社のような大きいところまで様々なところにいる。そういう神様と契約を結ぶんだよ。すると、神器などの力を授けてくださる。もちろん、強力な神と契約出来れば強い神器も手に入ることになる。」 「なる…ほど…。」  難しい話だが要するに、凄い神様と契約しないと神器は手に入らないというわけだ。人ならざるものとの契約、そこから得られる力…あれ、何かに似ている気が… 「――どう?この話を聞いて悪魔の契約と似てるんじゃないかって思ったでしょ?実は、神も悪魔も同じような存在なんだ。人の想いで生まれた、何も無い虚構から生み出された存在。ただ、それが人に害をもらたすか利益をもたらすか…それだけの違い。」  人の利益をもたらすなら神として祀られ、害をもたらすものは悪魔として邪険にされる。それって何だか… 「――自分勝手ですね。」 「え?」 「あ、その、人間って自分勝手だなって思って…。」  その言葉に、神楽はふふっと口元を緩める。 「そうだね、確かに人間はわがままに映るだろうね。でも、それが人間さ。自分の望むままに、欲するままに生きる。それが人間だよ。君も、僕も…。」  その言葉ではっとさせられた。私も自分勝手な人間のひとりであることを。 「…あの、その神様と契約するにはなにか条件とか…。」  となれば、1番はそこが重要だ。こういうのは大体、選ばれし血を持つものだけが契約できるとか、そういう条件が… 「んー、特にないかなぁ。」 「…んえ?」 「前提の条件は無い...と思うよ。神様に気に入られたら契約をして貰えるだけ。だから縁のある神社とかなら契約してもらいやすいかもね…。」 「そ、そうなんですか…。」  会社の就活みたいな感じなんだなと少し驚く。しかしながら、私でも契約ができることはわかった。 「ただ、一つだけ、これだけは覚えていて欲しいんだ。」  神楽は目を伏せながら鈴音に向かってこう話した。 「神様と契約するには、それ相応の代償を支払わなくてはならない。神様にもよるけど、それは簡単な代償ではなくて…。」  と、話を進めている最中だった。突然、愛桜の方向から肩を叩かれ… 「――さっきの子、いないよ?」 「…ぇ?」  ふと目線を上げたら先程の女の子はその場から姿を消していた。神隠しとも一瞬考えたが、そんなことが起こるはずもないのは神主である自身が一番よく分かっていた。 「さっきの子はどこに…だってここにいたはずじゃ…。」 「あー、、自分でも契約できるって分かるなり、すごい速さで神社を抜け出して行ったよ?まさかお兄ちゃん、気づかなかったの?」 「完璧に気づかなかった。」  これから話すところが1番重要で大切なところだったというのに…。 「ま、まぁでも神様に気に入られるのはよっぽどの事じゃない限り無理だから…大丈夫でしょ!うん!」 「お兄ちゃん、フラグにならなければいいね…。」  無理やり納得させる兄とそれを心配する妹…。そして、その二人の思いを知らないまま、鈴音はとある場所へと走り去っていった。 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※  日はとうに落ち始め、辺りが橙色に染まる。背中から照らす灯火が地に影を落とす。  鈴音が訪れた場所はとある稲荷神社であった。石作りの鳥居をくぐった先には、神が祀られた本殿があり、狐の像が睨みを効かせるかのように訪れたもの達を眺めている。 「久々に来たな。」  ここを最後に訪れたのは、父と母が存命していた時のことだ。もう幼い頃の思い出。毎年のように来ていたこの神社への参拝も、父と母を失って祖父母の家に身寄りを置いてから来なくなってしまった。  神楽の言葉――神様に気に入られたら契約をして貰えるだけ。だから縁のある神社とかなら契約してもらいやすいかもね…。  その言葉を聞いて真っ先に思いついたのがここだった。とはいえ、毎日のようにここを訪れていたかと言われたらそうでは無い。もしも、神様というのが存在するのなら、私のような者を覚えているはずもないだろう。だが、私からしたらこの神社が他の何よりも思い出深いものであるのだ。 「えっと…この後どうすれば…?」  そういえば肝心なことを聞き忘れていた。神様との契約って一体どうすれば良いのだろう。 「と、とりあえずお参りすれば何かあるかな。」  ゆっくりとお賽銭箱へ近づき、お財布の中に残っていた五円玉を投入し、二礼二拍手一礼をする。が、何も起こらず…。 「やっぱり何も起きないよね…自分には資格なかったのかな…。」  鈴音は顔を曇らせたまま、お賽銭箱から遠のいていく。そして、狐の像を通り過ぎた直後だった。 「――そこの者、待ちたまえ。」 「――ぇ?」  その声が聞こえた瞬間、ライトに照らされたかのように視界が一気に真っ白になり、次に目を開けた時には、白い空間が広がっている無限の地に一人、自分は存在していた。  ここはどこなのだろうと一気に不安を募らせる鈴音。真っ白な知らない空間に一人…しかしその空間は妙に温かみを感じ、そしてこの空間は自分ただ1人では無い、誰かに見られている気がした。 「汝、名をなんと申す。」 「だ、だれ!?どこにいるの!?」  その声の先を探そうと、全感覚を研ぎ澄まして辺りを見回す。だが、その姿を見つけれるはずもなかった。なぜなら… 「私は結城鈴音!あなたは誰なの!?」 「…そうか。では我の名を申そう。我はこの稲荷神社を司る神である狐神(こしん)だ。」 「狐神…。」  鳥居を睨んでいた狐の像の姿が思い出される。まさか、本当に神様だというのだろうか。 「汝は我を探していたのであろう?さぁ、何を欲する。」 「わ、わたしは…」  胸に手を置き、心の中に問いかける。  私にとって本当に必要なもの、本当に欲しいもの、本当に大切なもの…。いや、そんなものはなから決まっている。 「――私は、力が欲しい。」 「チカラか…。」  悪魔という存在は私の家を壊した。そして私に力がなかったがために、悪魔の力に飲まれそうになった。だから、悪魔に対抗する確かな力が欲しかった。  自分の両親は幼い頃に亡くなった。鬼のようなツノを生やした悪魔が、突如自宅へと押し入り、自宅にいた私の父を目の前で襲った。その日から母の消息も不明。両親が不仲だったこともあって、恐らく悪魔の契約者は母であったのだろうと思う。父を襲ったのに、なぜ私が生き残ったのか…その答えも根拠は無いが、母であったから見逃したのでは無いかと思う。  以後は祖父母の家を頼ってきた。しかし、あの惨劇を忘れたことは無かった。都市伝説として語り継がれる悪魔…その圧倒的な力に私は恐怖していた。だが、このままの弱い自分ではダメだと気付かされた。だからこそ―― 「――悪魔にも絶望にも、全ての悪に打ち勝てるような、そんな武器が…欲しい。」 「…そうか。ならば授けよう。しかし、1つ条件がある。」 「条件…。」  事前情報にはなかった条件の提示に思わず身構える。そして、狐神は口を開いた。 「……どうだ?この条件を飲めるのならば、我は汝に力を与えよう。」  言い渡された条件がとんでもないことであることは間違いなかった。しかし、その規模の大きさが故に想像もつかないというのが鈴音の本音であった。  本来ならば躊躇うところであろう。しかし、鈴音の固い決意と上記のこともあり、鈴音の返事はもちろん。 「…やります。その条件でやらせてください!」  ここに神と鈴音の契約がなった。  ここから鈴音は、一人の契約者として未知数の人生を歩んでいくことになるのであった。
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