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第三話前編 「何のために」
とある横浜地域の至って平凡な高校。そんな高校へ一人の少女が歩みを進めていた。
彼女は結城鈴音――高校二年生。ピアノのコンクール事件から約二週間。一時の平和を取り戻した横浜地域は元の平穏を取り戻しつつあった。
「おっはよーう!すずね!」
歩く鈴音の肩が勢いよく叩かれ、隣に一人の少女が現れる。その子は、鈴音が悪魔を契約した日――コンクールの練習でピアノを聞きに来てくれたあの友達だ。
彼女は飯田結衣。鈴音とは高校入学してからずっと一緒にいるぐらいの仲だ。
「ゆいちゃん、おはよー!」
私が悪魔の事件に巻き込まれたことは多くの人が知っている。私が悪魔と契約をしていたところまでは広まっていないが、事件から一週間はその話題で学校中が持ち切りだった。しかし、噂も75日というように、その話題ブームも徐々に薄れつつあった。
「お、結衣ちゃんと鈴音ちゃんじゃん!やほー!」
2人の元へ続々と女の子が集まってくる。何の因果かは分からないが、悪魔事件の話題によって友達となるきっかけができ、ここ2週間で話しかけてくれる子が多くなった。悪魔のおかげで…というのもおかしいが、友達ができたことは感謝している。なにせ、今まで高校生活を行なってきて出来た友達は結衣一人ぐらいだったからである。いわばインキャ、もしくは高校デビュー失敗というやつだ。まぁ、急に友達が増えて対応に困っているのもまた事実ではあるのだが…
「ね、そういえば鈴音はもう体は大丈夫なの?悪魔のせいで、少しだけ怪我したって言ってたけど、」
「あ、うん。大丈夫。結衣ちゃんありがと。」
怪我したなんてことはまるっきりの嘘だ。襲われたというていで付いた嘘である。しかし、嘘も長年のときを生き続ければ真実として他の人の目には映る。もし、あの場にいた当事者が悪魔と契約してましただなんていうことを暴露してきた時の保守の方法として組んだ戦略であった。
「…あ、」
そう思いながらも高校の正面口に差し掛かったとき、見覚えのあるオレンジ色のパーカーに制服姿の少年の姿が下駄箱にあった。
神楽が同じ学校に通っている先輩であったと知ったのはつい最近であった。あんな派手なパーカーを着ているのに今まで気付かないどころか、見覚えすらなかっただなんて、人は意識してものを見ないと気づかないものなのだなぁと考えさせられる。
あの事件以来、神楽とは一度も話していない。ひとつ上の三年生で話す機会がないこともあるが、学校にいる神楽はなんか話しかけないでオーラを出している気がして、どうも近寄れないのだ。それに、最大の問題は影が薄い。
これは単に悪口ではなく本当のことだ。廊下を歩いていても教室に入っていても、あんな派手なパーカーを着ているのに誰も見向きもしない。それどころか、今でさえ下駄箱に神楽がいるのに、まるで透明人間にでもなったのかと錯覚するぐらいに、他の人が躊躇なく神楽にぶつかっていく。ここまで来ると、影が薄すぎて人として認識されていないのかもしれない。
「あ、いったっ!なに!?」
と言っていたら目の前でも衝突事故が起きた。私の友人が下駄箱で靴を履き替えている神楽に激突したのだ。しかし、何事も無かったかのようにスルーして教室へと向かう。本当に異様な光景だ。
「あ、そういえば今日の英語の宿題まだしてなかった!私、一限体育で準備もあるし…。このままじゃ間に合わないわ!鈴音急ごう!」
「あ、うん!」
その少年をよそ目に、鈴音は指定の教室へと入り、席に着き、学生として真面目に授業を受ける。
月曜日から始まり金曜日に終わる。やっと学生としての普通の日常が子の手に戻ってきたと実感できた、まさにそのときであった。
――ゴォオンッ!!
それは一限目を受けている最中であった。雷が目の前に落ちたかのような轟音が響き渡り、同時に突き上げるかのような激しい地ならしが教室を、学校全体を襲う。
「え、何、地震?」
鈴音だけでは無い。最初は誰しもがそう思った。だが、窓際の生徒たちが悲鳴をあげた瞬間に、その予想は簡単に裏切られた。
「な、なんだよあれ…。」
「ありえない…こんなことが…。」
一瞬で群れが出来る教室の窓。小さい体で群衆の隙間を通りたどり着いたその先には、驚きの光景があった。
「…うそ。」
三、四メートルはあるであろう巨人が、校庭のど真ん中にはいた。だが、巨人という要素だけでは無い。あれは、
「――間違いない、悪魔だ…。」
どす黒いヘドロで覆われた体。この特徴だけで悪魔の類ということは鈴音には一目で分かった。
「お、おい!あれ!」
隣の男子が驚きながらも校庭の1箇所を指さす。それもそのはず、黒い影が上の窓から飛び立ち、砂埃を起こしながら地面へと着地したからだ。
オレンジ色のパーカーを身につけた男子学生。間違いない、神楽だ。
「だ、誰なんだあいつは!」
しかし、どうやら周りのみんなは不思議と神楽のことをわかってないようだ。神楽は三年生でうちら二年生とあまり面識がないからなのだろうか…。
「みんな!逃げろ!」
校庭には体育の時間をしていたクラスがおり、神楽は前線に赴きながらも避難誘導を行う。
走りながらパーカーのチャックを開け、胸ポケットから筆ペンと、ブレザーの内側から白き本を取り出す。ペンを指で回しをしながら筆を下ろすと、筆は剣状に巨大化する。
「――グオオオオオッ!」
神楽が巨人に近づき足を止めた時、巨人が雄叫びを上げる。
真空波が神楽のパーカーをなびかせ、あたり一体の砂を巻き起こす。
「――グオオオッ!」
すると巨人は、自身の体のヘドロを校庭中に飛沫状に投げ飛ばす。すると、そのヘドロから1メートル程の小さなヘドロ怪人が現れ、後ろに避難していた学生たちを追いかけ始める。
「くっ、そんなことが出来るのか…!」
神楽はそのまま振り向いて生徒たちの元へ急行。校庭中に現れた悪魔の分身を筆で次々と切り刻んでいく。
「神楽…」
ここは私も行くべきなのだろうか。いや、いかなければならない。ここで戦わなきゃ、なんのために契約を結んだんだ。
「…。」
足がすくむ。あの時の、悪魔に殺されかけた時の光景が鮮明に蘇ってくる。だが、行くしかない…!
「くっ…!」
「す、鈴音ちゃん!?」
大衆を押しのけ、勢いよく教室を飛び出した鈴音は、階段を下までおり、校庭で避難しているクラスの元へとたどり着いた。
「だ、大丈夫ですか!?」
体育の先生に声をかける。
「き、きみは…なぜここに来たんだ!早く隠れていなさい!」
体育の先生からそう諭される。生徒たちはまだ全員逃げきれていない。そして、友達を心配して逃げられるような生徒も、先生と集団になって校庭の隅へと固まっている。
「体育の授業…そうだ、このクラスは…!」
そう思い、当たりを見渡す。だが、友達である結衣の存在は見当たらない。まさか…
「きゃー!助けてぇえ!」
その声にその場にいた人々の視線が向かう。そこには、結衣ではなかったが、見知らぬ女の子が襲われそうになっていた。怪人の刃物のような鉤爪が少女の服をかすめそうになったその時…
「ゔぇぁああッ!」
間一髪で、神楽の剣先が悪魔の心臓部を貫き、その少女は助かる。
「早く逃げろ!」
「は…はいぃっ!」
神楽は奮戦をしているが、広範囲にばらまかれている無尽蔵の分身を切り刻み続けるのは限界があった。四方に走り回る神楽の体力は時期に削れていき、敵の前線は徐々に迫ってきていた。
「くそっ、このままじゃ…」
剣を持つ右手が、駆ける足が、重さを纏って思うように動かせなくなっていく。このままでは、みんなを守れないどころか、自分まで…
「――グオォォォォツ」
その時であった。
神楽が動きを止めた一瞬の隙をつき、悪魔は腕を勢いよく振り下げた。遠心力にて腕部分のヘドロを自身の体から分裂させ、神楽の元へと投げ飛ばす。
「――まずいっ、」
そう思い、咄嗟に脳は回避命令を身体に出す。だが、まるで地面に足が張り付いたかのように、その命令に反して足がうまく上がらなかった。そして神楽は、
「ぐぁぁああっ!」
直後に大きな地響きと砂埃が舞い、神楽の体は宙高くに舞い上がって数十メートル後ろの校舎の壁へと弾き飛ばされる。
「うそ…神楽くん…うそだよ…。」
吹き飛ばされた神楽の姿は、崩れ落ちた瓦礫と舞い上がった砂埃で確認ができない。だが、あの強さで吹き飛ばされたのなら、タダでは済まない。おそらく亡くなってしまっている。そんな予感がした。
「いや…いやぁああ!」
目の前で人が亡くなる。その出来事は、まだ幼き高校生の鈴音には大きなショックであった。目からは涙がこぼれ落ちる。目の前の現実を避けるかのように、下を向き、両手で耳を塞ぎ込んでしまう。
あの日に助けられた鈴音にとって神楽は強さの象徴であった。強大な悪魔が与える恐怖、悲しみ、苦しみ…それらに支配されることもなく、その全てを退けていく希望のような存在であった。そして、自身もそうなりたいと願っていた。しかし、悪魔はその神楽さえも簡単に打ち負かしてしまう。悪魔は強大な敵であることを実感させられるのと同時に、命はいとも簡単に消え去ってしまうのだということが、鈴音に大きな恐怖を与えた。
「…くそ。生徒がこんなになってるのに、何腐ってんだ俺はァァァ!」
悲鳴をあげて塞ぎ込んだ鈴音の姿を見て、横にいた先生は思わず声を上げる。手は大きく震え、足は恐怖で歩くことを拒む。だが――
「――よくも…よくもうちの生徒を…。許さない…。絶対に許さんぞォオ!」
生徒の未来を守り、作っていくのが教師の役目との信念を持って、今までの教師人生を歩んできた。しかし、今の状況はどうだ。生徒が襲われているにも関わらず、自分は我先に安全地点へ避難して突っ立っているだけ。勇敢な生徒が立ち向かっている、多くの生徒が悲しんでいる、それにも関わらずだ。そんな自分が許せなかった。そして、生徒が襲われている目の前の現実が許せなかった。どんな者が相手であろうと関係ない。生徒が困っている、悲しんでいるのならば…
「――助けるのが教師ってもんだろォオッ!」
そう叫び、先生は死地に足を踏み出そうとする。その叫び声が、鈴音の塞ぎ込んでいた耳元へも届き、思わず顔を上げる。だがその時、
「グオォォォォツ!」
再び、悪魔は腕を振り下げてヘドロを辺り一面に投げ飛ばす。そのひとつが、先生と自身のいる場所にまで迫っていた。
「――ぁ、」
その時、先生は逃げられないことを察して死を覚悟した。ここで何も出来ずに終わってしまうのだと。そして、その横にいる鈴音も同様だった。
――悪魔と戦うってことは命をかけて戦うに等しいことなの。
あの日、神楽の妹からの言葉が頭の中で響く。命をかけて悪魔と戦っている。あの時、言葉だけを理解して、命をかける本当の意味を理解できていなかったのだと深く思う。だが、今なら少しだけ分かる。命は簡単に消える。生きるか死ぬかの瀬戸際を常に歩かなくてはならない。戦うというのはそういうことなのだと。
――力は飲まれるものではなくて制御するもの。
次は神楽の言葉が頭に流れてくる。なぜこの言葉が流れてきたのだろう。そうだ、この言葉に魅了されて神と契約を結んだからだ。悪魔に負けないための力を得たかった。その力で悪魔からの支配を退けたかった。だが今はどうだ。その力をもっているにも関わらず、力を使わずに恐怖に脅えているだけじゃないか。恐怖という力に飲み込まれることなく、そして自身の力を制御して悪魔を退ける。そうだ、私はそのためにここに立ったんだ。
神楽が倒れた今、悪魔に抗えるものは他にいない。このままでは学校中が悪魔に滅ぼされるのも時間の問題だ。こうなったら、戦うしかない。私が戦うんだ…!たとえ…
「神楽がいなくとも…!」
覚悟を決めた鈴音は咄嗟に、ポケットから水色の弓のストラップを取り出す。すると、弓は宙で巨大化し、人が扱えるほどの大きさへと変化する。
「今…今しかない…!」
狙うは自身に向かってくるヘドロの塊。弦を引っ張ろうとしたと同時に、そこにはなかった音符のような矢――矢尻に符尾が付いた水色の矢が生成される。そして、十分に引っ張り、狙いを定め、
「いっけぇええ!」
鋭い衝撃波と共に、水色の矢は空気を切り裂きながら突き進む。放った桃色の放物線は、迫ってくるヘドロの塊に突き刺さり、直後に爆発を伴って宙で爆散する。
「な、何が…」
先生は目の前で起こった現実に対して、困惑を隠せなかった。一体何が起こったのか、脳の中で処理ができなかったのである。
「先生は下がっていてください。」
「お、おう…」
とはいえ、自分が太刀打ちできるものでは無いことは分かる。少女の訴えを素直に受け取り、先生は後ろへと下がっていく。
「…わたしでも、やれる。」
鈴音は右手に持った水色の弓を見つめる。
これは、契約した神からもらった弓矢。その名も旋律の弓矢。神から託されたときに少し触ってはいたが、今回が初めての使用であった。
「こ、こっちに来るぞ!もうおしまいだ!うぁぁあっ!」
散在している生徒たちに、一直線で向かっていく悪魔の分身。その位置を捉えた鈴音は、
「はぁあっ!」
放った矢は、敵を自動追尾するかのように軌道が大きく変わり、分身の心臓を何体も貫き通していく。そして、突き刺された人影は、水風船のようにその場で爆散し、泥状のヘドロへと姿を変えて落ちる。
「やった…倒せる!」
この世にある物質では攻撃が一切通らない悪魔。だが、やはり神器というものには魔を滅する力が存在していることを実感する。
「これなら私も…。」
正面、右、左と周囲三方向から迫ってくる大量の敵。だが、その敵らに対して矢を一気に三本放ち、矢の自動追尾によって存在を抹消していく。それにより、逃げ遅れていた生徒たちが合流し、無事校内に全員避難が完了した。
とりあえず、その場にいる人たちの命は守ることが出来た。だが、根本的な問題は解決していない。未だ校庭に健在している巨大な悪魔をどう対処するかだ。鈴音は悪魔に対抗できる神器を持っているとはいえ、悪魔と戦うこと自体が初めてだ。どうすれば、あの時みたいに悪魔を封印する事が出来るのだろうか…こんな時に神楽がいれば…
「――おあああああッ!」
突如、後方で響き渡る若き咆哮。その雄叫びに、淡い期待を寄せながら振り向く鈴音。その目に映ったのは、傷だらけになりながらも悪魔へ向かって走り去っていく少年――神楽であった。
「神楽くん…!」
生きていた。
その現実に喜びを感じ、思わず涙がこぼれ落ちそうになる。だが、今は安堵して泣いている暇は無い。
「うおおおおッ!」
神楽は剣を構え、巨人の悪魔へ向かって一直線で突き進む。だが、巨人側も馬鹿ではない。一直線に向かってくる神楽に対して、豪快な左腕のフックをかます。
「――神楽くん…危ない!」
神楽に迫るあと1メートルほどの距離であった。このままではまた吹き飛ばされてしまう。そんな危機的状況にも関わらず、神楽は薄笑いを顔に滲ませていた。
巨人の左フックが当たるかと感じたその刹那、神楽は左腕の下をスライディングで掻い潜り、そのまま横方向に巨人の左足を切り落とす。
左側からバランスを崩す悪魔。その隙をつき、神楽は体を反転させて、立て続けに右足も切り落とす。両足を切り落とされた悪魔は、左右のバランスが保てなくなり、腕をついて動きを止めた。
「か、神楽くん…!」
神楽は、後ろから呼びかけられた自身の名前に少し驚きながらも、後方へと振り返る。するとそこには、水色の弓矢を持ったあの少女がいた。
「な、なぜ君がここに…!?それに、その弓は…。」
神楽は数秒の間を置いた後、脳内にある情報が全てが繋がってしまったことで、声を荒げて怒りを露わにした。
「君、本当に神と契約してしまったのか!?なぜ!どうして!?」
「え…えっと、悪魔と戦う力が欲しかったから…。」
神楽に詰められ、鈴音は萎縮して小さな声でそう答える。その言葉を聞き、神楽は鈴音と話したあの日を思い出す。
「そうか…そういえばそうだったな。まさか本当に契約が出来るなんて…。」
そう言って、そのまま黙り込む神楽。鈴音目線、なぜ神楽が怒り出したのか、全く検討がつかないわけであるが…やはり神楽からしたらあまり神と契約する者が増えて欲しくないのであろうか。
「――とにかく、君は後ろで下がっていてくれ。あとは俺がやる。」
「え、でもその体じゃ…。」
「体…?」
その時、神楽は初めて自身の体に視線を送る。
制服のズボンは赤黒い血で変色を起こし、体には無数の切り傷。そして、小さな木片が体のあちこちに突き刺さっていた。
「…そうか…俺は…。」
何かを悟ったかのようにポツリとそう呟く。その刹那に見せた口調・表情は、どこか悲哀を感じさせた。
「っ…このぐらいの傷なら大丈夫だ。まだ動ける。だから頼む、あとは任せてくれ。」
神楽は真剣な目でそう訴えかけてくる。その雰囲気から、神楽の意向に抗っても無駄だと感じて言葉を返す。
「わ、わかった…。でも無理はしないで…。」
「あぁ、言われなくとも。」
明らかに誰が見ても、神楽の体はボロボロで瀕死の状態だ。しかし、痛いそぶりなどは一切見せず、むしろ剣を振るって華麗に動いている。あれだけ吹っ飛ばされていたら動けないレベルにはなっていると思うが…。
「――ウォォォオッ」
「くそ、もう動けるようになったか。」
そうこうしてる内に、動きを止めていた悪魔が
足を再生し終わり、再び二人の前に立ちはだかる。咆哮を上げた悪魔は、また自身のヘドロを投げつけようと腕を振り上げる。
「神楽くん…また来る!」
「あぁ、同じ手は喰らわないぜ!開け、封印の書。応用術――帳。」
胸ポケットから出した茶色の封印の書。掛け声と共に本を開けると、その本から無数の紙切れが空中へと飛び出してくる。
「グルァアッ!」
悪魔は再び飛沫状にヘドロを撒き散らし、再び怪人を生み出そうとしてくる。だが、無数の紙切れが帳のように二人の前へと展開し、飛沫状に乱射されたヘドロの一つ一つを捕え、紙切れがヘドロの成分を吸収して亡きものとしていく。
「す、すごい…。」
「気を抜くのはまだ早いぞ。」
無数の紙切れが視界を塞ぐその先から、巨大なヘドロの塊がこちらに向かって飛んできていた。その塊が向かってくるのを捉えていた神楽は、剣を振り上げ…
「ヴェァァァッ!」
剣先が当たり、じゅくじゅくといった肉を裂くかのような音が一瞬聞こえたと思ったら、ヘドロの塊は一刀両断され、切られた半球が鈴音のすぐ左右を瞬きをした隙に通り過ぎていく。後方から地響きが足を伝い、衝撃波で髪がなびく。鈴音は思わず目を見開き、目前の出来事に圧倒されていた。ここまでやれるのかと。
その出来事に悪魔も圧倒されたのだろうか。悪魔は攻撃の手を止め、動きを停止させた。
「神楽くんっ…動きが!」
「あぁ。だがあれは一時的なものだ。あいつの生命力はヘドロだ。少しでもヘドロがあいつの肉体としてある限り、生き続ける。そしてそれは絶えず作られ続ける。しかし、ヘドロの生成も無限では無い。使うヘドロの量が生成するヘドロの量を超え、体内量が減ると動きが鈍くなるんだ。」
「そうなんだね…つまりは放置しておくとまた復活するかもってこと…?」
「そういうことだ。物分りがいいな。」
その話を聞き、神楽が悪魔の足を切り落とした際も動きをしばらく止めていたことを思い出す。それも、その原理を利用するための攻撃だったのだと知る。
「あとは、もう一度足を切り落とす!」
そう言って、神楽は流血した足を素早く動かし、前と同じように横方向へ素早く剣を薙ぎ、悪魔の足を切り落とす。
「よし、これでいける。君、こいつの体をよく見ていてくれ。」
「う、うん…。」
悪魔のヘドロの量が減ることで、分厚かった巨人の胸板も徐々に薄くなっていく。そして、ヘドロが薄まった先に見えたのは…褐色の何か…。いや、あれは――
「…うそ、でしょ。」
鈴音は絶句した。
褐色だと思っていたもの。それは人間の皮膚であった。その色が広がる度に手や足の形、人間の形へと成していき、現れた人間の顔を見た鈴音は大きな衝撃を受けた。
「そんな…まさか…。」
巨人の体内に取り込まれて存在していたのは、鈴音の友人であった飯田結衣であった。
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