番外編 「二人の英雄」

1/1
前へ
/25ページ
次へ

番外編 「二人の英雄」

 高校一年生、春。  これは、僕が高校生へと入学したての時にあった家族の物語である。 「仲間を守れ、弱きを救え。それが安倍晴明の血を受け継ぐ我らの、役目だ。」  幼き頃より、父からそう教えられて育ってきた。  父は自分が生まれた時から病弱で、その殆どを自宅の自室で過ごしていた。故に、父と外を歩いて遊んだことはからっきし無かった。幼稚園の友達が家族全員で旅行に出かけたなんて話を聞く度に、憧れという気持ちがよく募ったものだ。しかし、不自由は感じていなかった。 「――こっちにおいで、神楽。」  父に会いに行くと、父は笑顔で手招きをして、私を縁側まで誘った。そして、父は多くのことを私に教えてくれた。植物や生き物の名前・成り立ち、この世の事象の法則、社会性や道徳心など、あらゆるジャンルに至って私に噛み砕いて教授してくれた。その中でも幼き私が最も好きだった話がある。その名は、剣太郎の英雄譚。仲間を失いつつも、同時に多くの人に希望を与える英雄として語り継がれるという、今考えればなんとも救いのない話だ。  序章。  ある村にいつも仲良しの五人組がいた。その五人は幼なじみで、何をするにも一緒だった。  ある日、青年と成長した五人は夜中の肝試しを行った。山中の神社へお賽銭を入れて参拝して帰るというものだったが、道中で禁足地を発見した。まだ青かった青年達は、その禁足地に足を踏み入れた。その先には、大量の札の貼られた禍々しい鳥居と祠があった。五人はその鳥居を入り、そのうちの一人が祠を触ると五人は意識を失った。  その後、五人にはそれぞれ謎の力が身に宿った。一人は熱を司り、あらゆる万物を燃やしたり凍らせたりすることができた。一人は風を司り、時には天候を操ることができた。一人は重力を司り、魔法陣を張ることで重力操作が出来た。一人は影を司り、あらゆる分身を作り出すことができた。一人は破壊を司り、この世の全ての理を断ち切る刀を持っていた。  その能力を用い、村に多くの恩恵をもたらした五人であったが、同時に村人達には恐怖の感情が生まれた。人に似て非なる者。その者に村の行末も、自分たちの命も握られているような気がしてたまらなかった。その恐怖に耐えかねた村人達は、女性であった重力を司る者を監禁した。  残された四人には究極の選択が迫られた。どうやって幼馴染を取り返すか。熱を司る者は、全て加担した者を焼き払ってしまおうと唱えた。しかし、今まで過ごしてきた村の人たちを信じたい、きっと何か訳があるはずだと、破壊を司る者は唱えた。その後、話し合いの場がもたらされたが、結果は相手の策略にハマり、警戒をしていた熱を司る者以外は監禁されてしまったのだ。熱を司る者はせめて重力を司る者だけは救おうと動いたが――その時、熱を司る者は絶望した。  熱を司る者は村を全て焼き払った。そして、人という存在に絶望した者は、関係のない多くの人々に大きな災害をもたらした。仲間に救われた三人。だが、人々を苦しめることは見逃すことはできなかった。その者を追いかけ、相対する四人。全てを焼き付くさんとする者へ、破壊を司る者が刀を抜くと、その首も絆も記憶も、全てを断ち切った。そして、その者は英雄として語り継がれることとなった。本当の英雄は、大きな選択をして仲間を救った熱を司る者であるというのに…。  そして、その話の最後には必ずこう言った。 「いいか、神楽。仲間を守れ、弱きを救え。それが安倍晴明の血を受け継ぐ我らの、役目だ。」と。  英雄になりたかった。  人々を救うためなら、仲間を救うためなら、自分の身がどうなろうとも構わないと思ってきた。この本に描かれた二人の英雄のように…。    その頃からもう10年以上経った現在。私は高校生となり、二人の妹達が家族に加わり、そして父はこの家から居なくなった。 「…にぃ…おにいちゃん…お兄ちゃん起きて!」 「んぁ…?」  微睡から目を覚ますと、目の前には馬乗りになった妹――安倍愛桜の姿があった。なぜ愛桜が自分を起こしに来ているのかと疑問に思ったが、部屋の中で爆音を轟かせている目覚ましの音が、その謎を解いてくれた。爆音の目覚ましでも起きない程に熟睡をしていたのだ。 「愛桜…今何時だ?」 「今はもう8時半だよー!10時からお父さんのお見舞いに行くんじゃないのー?」 「父さん…あぁそうだった。」  体の上に乗る愛桜を手で払い除け、ベッドから半身を起こす。目覚ましを止め、着替えを見たがる愛桜を無理やり部屋から追い出して、ダボダボの長袖シャツと白い長ズボンを履いて、春の気温に合わせていく。  父は自分が小学校に入る時期ぐらいに急激に体の不調を訴え、病院へ入院する事となった。それ以来はずっと病院の中だ。原因はウイルス感染による全身状態の悪化。医師の診断によれば、体の臓器や組織の機能が急激に落ち始めており、伴って免疫力が下がったことで感染症による体の不調を来たしてしまったらしい。だが、なぜ急激に全身の組織機能が低下し始めたのかは不明であり、ものすごいスピードで体が老化しているという表現が近いそうだ。まだ40代半ばであるにも関わらずだ。  それからというもの、最低一ヶ月に一回は休みの日であれば定期的に病院へとお見舞いに行っている。本来は、免疫力が下がっているため会うことすら危険と病院側からは言われていたが、父の強い希望もあってそれが可能となっている。 「…さて、降りるか。」  自分の部屋は2階である。昔ながらの急傾斜な階段を降りて、1階の食卓のあるリビングへと姿を現す。 「あら神楽、今日は起きるの遅かったわねー。寝坊するなんて珍しい!何かあったの?」  現れた神楽へ真っ先に声をかけたのは母であった。食卓には母の他に、妹の愛桜と未歩が席に着いて朝食を食べ始めていた。 「特に何も無いよ。たまにはこういうこともあるよ。俺も人間だからね。」  そう言いながら、母の隣の席へと着席をする。豪華な和食に目を通しながら手を合わせて、頂きますと一言添える。 「あのね、私が起こしたんだよ!お兄ちゃんぜんっぜん起きなくってさ!」  愛桜が何か自慢げに語り始める。しかし、口元にまだ食べ物が少し入ったままなのを見て、隣の未歩が口を開く。 「愛桜、口に食べ物が入ったまま話すのはやめなさい。行儀悪いわよ。」  メガネをかけ、ポニーテールの髪型をした、双子姉妹の姉である未歩。若干のいい加減さではしゃぐことが多い愛桜の性格対して、未歩は慎重できっちりもの。そして、冷淡だ。いつもどこか遠くを見つめているかのような虚な目で、心を感じさせない言葉で物を語る。それが冷たさをより際立たせる。 「こらこら未歩ちゃん?そうきつい口調で言うのはダメよ?」 「…正しいことを言ったまでですが…分かりました。」  このように、母に対しても冷たい対応をしてしまう。冷たいというよりひねくれているというのだろうか。反抗はしないが馴れ馴れしくもしない…といった状態がこの家に来てからずっと続いている。 「未歩ちゃん?私は未歩ちゃんと仲良くしたいと思っているの。未歩ちゃんがこの家に来たきっかけもきっかけで多少は仕方はないと思うけど…もう少し言い方とか関わり方を柔らかくしてほしいなって思うわ。私に対しても、お兄ちゃんに対しても。」  母がそう言った瞬間、激しい物音と共に食卓が揺れた。神楽が目線を送った先には、食卓に両腕を突いて立つ未歩の姿があった。 「あなたの理想を私に押し付けないでください!なんですか?私は仲良くしたいと思っているからあなたも仲良くしてってことですか?それって自分勝手ですよね、自分たちが嫌だから人に押し付けるなんて最低だと思います。私は、私の意思で動いています!だから、あなた方…他人に指図される筋合いはありません!」  そう言い捨て、目を合わせることもなく、その場を立ち去る未歩。その様子を見た妹の愛桜は、母と神楽へ深いお辞儀をして、急いで未歩の後を追った。 「…そういう意味じゃなかったんだけどな…。」  母のポツリと残した一言。  それは何か、悲しみの感情を含んだ言い方にも聞こえた。  やはり、未歩との距離を他人から縮めることは難しい。いや、本来は未歩のような反応になるのが普通なのかもしれない。愛桜のように、本当の家族として他人を受け入れるのは誰しも簡単ではない…ということなのだろう。 「…ご馳走様でした。母さん、時間が押してきてるからそろそろ行くよ。未歩は愛桜に任せていけばいい、だから母さんは気にしないで。」 「…そうね。」  落ち込み気味の母にそっと言葉を掛ける。その声掛けで多少は表情が和らいだ…気がする。  食卓から二人は離れ、玄関前にて病院に行く前の、最後の持ち物チェックを行う。 「じゃあ行くけど。何か他、父さんに持っていくものある?」 「あっ!そういえば…。」  そう言って神楽の手元に渡されたのは、花束であった。 「…これは?」 「実はね、今日が私たちの結婚記念日なの。入院してからは一緒にお祝いをするって機会も失っちゃたけど、せめてこれぐらいはしたいなと思ってね。手紙も中に添えてあるから、落とさないようにお願いね。」 「そっか…分かった。」  父と母の結婚記念日。  そういえば、今まで自分は二人の過去についてあまり聞かされたことはなかった。 「ねぇ、母さん。母さんはなんで父さんと結婚しようと思ったの?」  この日、初めて結婚をした理由を聞いてみた。  その質問を聞いた母は、少しの間があった後にこう話してくれた。 「お父さんは私の希望なの。いつも目の前のことに全力で、輝いていて…時には全力すぎて怪我しちゃうこともたくさんあったけど…この人をずっと支えてあげたいって思ったのがきっかけ…かな。」 「…そっか。ありがとう!行ってきます!」 「行ってらっしゃい!父さんによろしく伝えておいてね!」  引き戸を開けてずっしりとした重みのある一歩を踏み出す。  母にとって父は希望であった。  きっと父は、生きていく中で多くの人に希望を与えてきたのだと思う。母にも、息子である自分にも。だから自分も、多くの人の希望となれるような、そんな人になりたい。 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※  病院へと着いた神楽は、面会希望の用紙に事項を記載し、安倍と書かれた個室に入る。 「…よぉ、今日も来てくれたのか。神楽。」  そこには皮膚がたるみ、白髪混じりの髪となり、見るからにやせ細ってしまった父の姿があった。 「時間が空いてごめん。これ、アンコさんから預かった果物のお見舞い。ここに置いておくね。」  ベッドの横にあるテーブルに、果物の入ったバスケットを置く。 「アンコか…懐かしいな。今も元気にしてるのか?」 「うん、元気そうだったよ。というか元気すぎるね。最近またいい男を見つけたとか何とかで、自慢して帰ってったよ。あと父さんに伝言で、退院したら沢山愛してあげるってさ。」 「ははっ、そうか。あいつの人生楽しんでそうでよかったよ。」  どれだけやせ細ってしまっても、父のくしゃっとした笑顔は変わらなかった。 「あとこれも、母さんから結婚記念日にだって。」 「おぉ、これは凄いな。母さんがこんなものを…。悪いが体の上に置いておいてくれ、腕も思うように動かなくなってきてな…。ありがとうと伝えておいてくれ。」  父の体の上に花束をそっと置くと、父は何も言わずにただ、しばらく花を眺めていた。一体、父は今どんな気持ちで花を眺めているのだろうか。 「…ねぇ、父さん。」 「なんだ?」  ずっと聞きたいことがあった。幼い頃からずっと。 「――父さんは今、幸せ?」  ずっと引っかかっていた。いつも最後に残してくれるあの言葉も、父と話す際に時折見せる言動も、どこか人生の中で後悔をしているように見えた。  父は高校生である自分ぐらいの若い頃、契約者として悪魔と戦っていたとアンコから聞いた。安倍の血を引く者として、悪魔と戦って人々を守ってきた。その父の姿は、同じ血を継ぐ契約者、そして悪魔と戦う神楽の将来の写鏡でもある。だからこそ知りたい。父の戦った末を、父の人生を…。 「…そうだな。今は幸せだ。母さんがいて、神楽がいて。心配してくれる友人、そして新たに出来たふたりの家族もいる。こんな自分には、充分すぎる…と思うよ。」 「契約者になって後悔してることとか、ないの?」 「後悔…か。神楽、こっちにおいで。」  手招きはない。だが、その言葉の口調は表情は、あの頃とまるで変わらなかった。  神楽が父の前へと来ると、父は力を振り絞って神楽の頭の上に手を置き、そして優しく撫でた。 「神楽、怖いか?これからが、将来が。」 「…はい、怖いです。こんな僕がみんなを守れるのかって、父さんみたいに生きられるのかって…。」 「そうか。父さんだって後悔していることは沢山あるぞ。もっとああしていれば今は…なんて思うこともあるし、目の前にあった救えなかった命だって沢山ある。だけどな、こうも思うんだ。」  神楽の父は少しの間を置いてこう答えた。 「――後悔のない生き方なんてない。人生は常に選択の連続で、選択ができるからこそ後悔が生まれる。そりゃあ、後悔のない選択をし続けるというのが一番だ。でもな、それは未来を見る能力がない限りは不可能だ。だが、後悔を極力無くす方法ならある。それは、仲間の存在だ。」 「仲間…。」 「あぁ、そうだ。これからの人生、多くの悲しみや恐れ、後悔、絶望、そういった物に触れることとなる。時には足が止まることも、踏み外すこともあるだろう。だが、仲間はそれに対抗する力となってくれる。」  仲間。  その言葉に触れ、想起される人物は一人もいなかった。仲間というものを意識して生きてきた訳では無い。だが、契約者として生きる上で、仲間を作ることが怖かったのかもしれない。失うと分かっていたからこそ…。 「神楽は少々、一人で頑張りすぎるところがある。一人で悩み、抱えることは、苦しみから誤った方向へと進むこともある。まずは豊川の猿之助くんと共に活動を始めるといい。きっと彼なら喜んで力を貸してくれるだろう。」 「猿之助くんって、昔はよく家族ぐるみで遊んでいた人ですよね…?契約者なんですか?」  まだ父の体調が悪化する前。自分が幼稚園ぐらいで幼い頃の話だ。父と豊川家の父は古い友人であるらしく、昔はよく家族ぐるみでキャンプやなんや色々行ったものだが、もう十年ほど音沙汰がなく、その名前を聞いてやっと記憶の棚から引っ張り出せたぐらいの感覚であった。そこで知り合った豊川家の息子、自分より1つ上にあたる男の子の名前が猿之助という名前だった。 「あぁ、聞くところによると最近契約者になったそうだ。父も契約者だから、なにか経緯があったのだろう。猿之助くんも慣れないことも多いだろうし、まずは二人で活動してもいいんじゃないか?」 「そう…だね。最近は一人で対処するにはしんどいレベルの悪魔も増えてきてる気がするんだ。だからこれを機に、一緒にやってみるよ…!」  それを聞いた神楽の父は、満足気に小さく頷いた。 「生憎、神と契約できる者はごく限られた一部の人間にしかできない。つまり、悪魔から人々を守れるかは、その一部の人間に委ねられているんだ。だからこそ、力のある我々は弱き者を守る義務がある。そして、そこに仲間の力が加われば、一人では成し得ない不可能も可能となる。いいか、神楽。仲間を守れ、弱きを救え。それが安倍晴明の血を受け継ぐ我らの、役目だ。頼んだぞ。」 「父さん…はいッ!」  安倍晴明の血を継ぐ子孫――安倍神楽。  次期当主としての決意を固めた神楽はこの先、安倍神楽が率いるの設立と、無数の悪魔たちとの戦いが待ち受けていたのであった。
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!

27人が本棚に入れています
本棚に追加