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第五話中編 「邂逅」
六月末、とある日の午後7時。
ここ安倍邸にて、地獄の食事会が幕を開けようとしていた。
神楽と鈴音は隣同士で座り、テーブルを挟んで反対側には愛桜と未歩の双子姉妹、テーブル中央には全ての元凶である神楽母が位置していた。
「な...なんでこの女がいんのよ。」
愛桜は獣のような鋭い目付きで鈴音を睨みつける。
「お姉ちゃんがいれたの?」
鈴音に睨みを効かせたまま、隣の姉へと質問する。その質問に対し、姉は首を振り――
「帰る途中に会っただけで、私は何も知らないわ。」
「じゃあ、この女を入れた犯人は...」
全てを察した愛桜は、視線を母の方へと移す。
「そう!わたしよー!こんな可愛い子とご飯食べられて嬉しいでしょ!楽しいでしょ!だから誘ったのよ!」
「誘ったのよって...お母さん、私たちの意見も聞いてからにしてよー。」
「てへぺろ!」
母はちょっと舌を出して軽く謝罪の意を示す。その母の勢いと軽さに、愛桜は静かにため息をついて、やれやれと呆れた様子であった。
「まぁとりあえず食べましょうよ!ほら冷めちゃうし!みんな手を合わせてー!」
母の掛け声にみんなは一斉に手を合わせる。
「「いただきまーす!」」
掛け声と共に、みんなはカレーを口に入れ始める。もちろん、そこには会話というものは存在せず、ただ黙々と食べる空間となっていた。それを見兼ねてか察してか、神楽の母が口を開いた。
「そういえば、鈴音ちゃんは神楽のどこが好きなのかしら?」
「ぶほッ...!」
その唐突な質問に、鈴音は口に含んでいた食べ物が喉に詰まり、むせこんでしまう。その様子を見た神楽は咄嗟にコップを鈴音へと渡して、鈴音はむせ込みを治そうとする。その間、神楽は母へと弁解をした。
「母さん、俺と鈴音はそういう関係じゃないから!そういうびっくりする質問はやめてあげて!」
「ぇ?あらそうなの?ごめんなさい、私てっきり...。」
むせ込みを治した鈴音も大きく首を振って弁解に参加する。色々とぶっ飛んだことをする神楽の母であるが、それでも悪気のない行動であることは分かる。それがまたなんとも厄介なとこでもあるのだが...。
しかしながら、その発言が神楽と鈴音の二人の間だけの時であればまだ良かった。そう、場所が悪かった。鈴音が恐る恐る愛桜へと視線を送ると...
「ふぅーん...そうなんだぁ...。鈴音さん?後で私の部屋に来てください…ね?」
口角は上がっているが、明らかに目が笑っていない。1番勘違いをされてはいけない人にされてしまった。
「あらぁ?あららぁー?」
母はその様子を見て何かヤバいことをしてしまったと気づいたのか、目が泳ぎ、今になって焦り始める。
バチバチと火花が散る鈴音と愛桜、そこへ仲裁に入る神楽、自分の過ちに今更気づいて焦る母、そして黙々と食事を口に運ぶ未歩。まさにここが地獄とも混沌とも呼べる場所と化していた。
そんな最中、事件は起きる。
突如、何かがぶつかったかのような大きな轟音と共に、家が大きく左右に揺れる。
「きゃぁああ!」
テーブルの上にある皿が動き、何枚かが床に落ち、甲高い音と共に割れる。
「な、なに!?」
いち早く反応したのは神楽の母であった。
揺れでも地震とはまた違う、轟音でも雷とはまた違う。一体、この正体は...。
「――ちょっと俺、見に行ってくる!母さん達はそこで待ってて!」
その正体を確かめるべく、神楽は席を立って玄関へと走り出す。その様子を見た鈴音も、神楽の後を追って走り出した。
「神楽くん...!今のやつ...って...。」
外に出た神楽と鈴音だが、目の前にある光景に二人は言葉を詰まらせた。それは、家の隣に位置する倉庫であり、木製出できた倉庫の壁には野球ボール程の穴が空いており、その道中の地面にはまだ新しそうな赤い鮮血が塗られていた。
「...鈴音、警戒しろ。多分、やつだ。」
言葉を交わしたふたりは、咄嗟に神器を手に持ち、辺りを警戒する。
鮮血の軌跡から推測するに、この神社のある山の方に続いていると思うが、恐る恐るその方へと近づき視線を向けるも、何かいるような気配は無い。
「...となると、次は倉庫の中だ。」
山側への安全が取れたことを確認し、次に謎の穴が空いた倉庫へと二人は近づく。
「あ、そういえばここ鍵が必要だった。鍵かけてあるから開かないよな...。」
と、一応戸に手をかけて扉をスライドさせると、ミシミシと音を立てながら動き始めた。どうやら鍵をかけていなかったようだ。
「おかしいな、鍵かけてあるはずだったんだが...。」
そんな疑問も持ちつつも、問題はこの穴の正体である。
「じゃあ、開けるぞ。」
神楽が3からカウントダウンをし、0になった瞬間、扉の戸を大きくスライドさせて開ける。するとそこには...!!!
「――は?」
小さな緑色のスライムがそこに佇んでいた。ぽよぽよしながらその場に立ち尽くしている。二人の存在に気づいたスライムは、まん丸の目を二人に向ける。
「ぇぇええ!!かわいいっ!え、なにこれスライム!?これも悪魔なの!?」
その可愛さに鈴音は大興奮。一瞬にしてスライムの虜となってしまった。
「あぁ、おそらくこれも悪魔の一種だろう。だが、見た目に騙されちゃダメだ。何をされるか...って...。」
そう警告した神楽であったが...
「ねぇ神楽くん!この子めっちゃぷにぷにして気持ちいよ!触ってみなよー!」
その警告をする前に、鈴音はとっくにスライムをつんつんとつついていて触れ合っていたのであった。
「あのなぁ鈴音...そんなに軽率な行動をしてると命を落とすぞ?」
「えー!だってこの子大丈夫そうだよ?ほら、触られて気持ちよさそうな顔してるし!」
鈴音は未だ「えいえい」とスライムを指でつついている。
おそらく、このスライムも悪魔の一種ではあると思うが、この様子から見てそこまで強い悪魔では無いと思われる。
「ねぇ、悪魔ってこういう可愛い子とかもいるのー?」
「かわいい子...というかまぁ強さに差はあるな。神や悪魔は同じものであるって前説明しただろ?他にも妖怪や呪いの類も含まれるんだが、それが生まれる原因は人間なんだよ。人間が望んだ形、思いが具現化したものが神や悪魔になるんだ。だから強さも形も機能もそれぞれってことさ。」
古来より人間は神や仏を信じて生きてきた。しかし、それは神がいたから信仰した訳では無い。説明もつかない自然現象に対して神という存在がいるという概念を一人の人間が作りだし、その存在を集団が認知し、そして神は創造された。つまり、人間には創造性があるということだ。人間は望みや思いから無きものを形作ることが出来る。そして、その望みや思いによって、それが時には良い方向へ働くものもあれば悪いものへ働くものもある。人間へ良い恩恵を与えるものを神、悪い影響を与えるものを悪魔や妖怪、呪いとして古来から伝えられ、そして現在に至る。
「ふーん、だからこういうかわいい子とかも生まれちゃうってことなんだねぇ。私も強く思えばできるかな!?」
「どうだろうな...。人はプラスの思いよりマイナスの思いの方が強く出る傾向がある。楽しいや嬉しいより、悲しみや憎しみの方が断然大きい。だから、集団で願わない限りは安全な物というのは作れないと思うぜ?」
「そっかぁ...残念。」
肩を落としてちょっぴりガッカリする鈴音。その悲しさをスライムで癒そうと指を突き刺した瞬間――
「――あれ?いない。」
今までつんつんしていた場所にスライムはおらず、気がつけば倉庫の奥まで移動していた。
「うわぁ!移動してる!」
「ははっ!スライムも嫌がったんじゃないか?」
「えぇー!うそぉ!」
鈴音はスライムに裏切られた気持ちがして、少々涙目になる。
しかしながら、神楽にはひとつ疑問があった。正体が敵対心がなく攻撃性のないスライムであったことは良い事なのだが、とするならばあの鮮血とこの穴は一体何なのだろうか。あの轟音と衝撃も含めて考えるに、何かと戦っていて飛ばされたとかであろうか。だが、このスライムに戦える能力があるとは思えない...。では、何かに相対してここに逃げてきたと仮定したら...何かを求めてきたということか?
存在しているということは誰かの思いによって生み出されたものだ。その大半は危害を加える方向性へ向かう。とするならば一体、このスライムは何を望まれてここに存在しているのであろうか...。移動するということは何か求めているのだろうか...。
「...分からない...。」
鈴音は体育座りになって、スライムが移動する様子を眺めている。スライムが移動するその先、そこに神楽は視線を向けると...
「ん?」
そこには神楽の気になるものが落ちていた。それは、杭が打ち付けられた藁人形であった。藁人形自体はよく高校生とか若いものが噂を信じて丑の刻参りの真似事をすることがたまにあるため、落ちてることはたまにあるが、このスライムはその藁人形に近づいているのだろうか...。とすれば、呪いの類...。まさか...
「――鈴音ッ!弓で防げ!」
「...え?弓?」
鈴音が神楽の方へ振り返ったその瞬間であった。スライムが藁人形を飲み込み、轟音と共に、大きな爆風が巻き起こった。倉庫は爆風によって一瞬にして木片へと変わり、宙に舞って地面に落ちる。
「くっ...すずねぇ!」
封印の書の式神バリアで防いだ神楽は、土埃が視界を遮る中、鈴音の安否を確認する。すると、
「ゴホッゴホッ...。一体何が起きたの...?」
土埃が薄れてきた頃、鈴音は口元を手で押えながら、神楽に向かって近づいてきた。どうやら無事であったようだ。
「良かった...無事だったか。あのスライムの正体に気づくのが遅れた...あれは...」
と、説明しようとしたその刹那であった。
薄れてきた土埃の中、突如黒色の鎌の先が鈴音の首を捉え、土埃を払いながら鈴音の首元へと迫った。
「――ッ!?」
二人はその攻撃に気づいた。いや、気づいただけだった。脳で認知するも、それが行動に移るまでの秒数は与えられていなかった。鎌の先が鈴音の首に掛かろうかというその間際...
「はぁあっ!!」
甲高い金属音が響き、鈴音は何者かに押されて神楽の元へと勢いのまま駆け足で近寄る。鈴音が振り返ったその先には――
「――愛桜ちゃん!!」
そこには真っ赤に彩られた片手剣を右手に携えた愛桜の姿があった。
「本当に着いてきて良かったわ。私、本当はあなたを助ける義理なかったけど、でもあなたが死ぬとお兄ちゃんが悲しむから...ただそれだけ。だから、勘違いしないでよね!」
そう言い切って、愛桜は剣を勢いよく横に振り回し、土埃をその場から払う。すると、その先には黒いドレスを身にまとったドクロ仮面の悪魔がそこに立っていた。それはまるで...
「死神みたい...。」
「あぁ、正解だ。死神は、人の呪いを生の力に変えて生きるものだ。そして、死神が拾った呪いの対象となったものは命を刈り取られる。存在を聞いたことはあったが、まさか呪いを纏っていない状態はスライムの形として存在しているとは思わなかった。」
「なるほどね...それで死神は強い?」
鈴音と神楽の間に、愛桜が声を掛ける。その質問に対し、神楽は迷うことなく...
「あぁ、めちゃくちゃ強い。」
「ま、そうだよねぇ…。じゃあ余計に、ここで好き勝手してもらう訳にはいかないね!みんな!いくよ!」
愛桜の掛け声に、三人は武器を備えて臨戦態勢へと入った。
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