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男子は学ランを脱ぎ、女子は紺色から白色のセーラー服に替わって、季節は夏を迎えようとしていた。
それからの柿崎は、沢渡が気持ちよく過ごせるように盛り上げて、いきすぎそうになったらセーブをかけて、それなりに順調に過ごしてきた。
泉という男は沢渡がイラつくのもわかるほどの変わり者で、つかみどころがない奴ではあったが、当初心配していた不登校になったり、親や教師にチクったりするタイプではないことも分かった。
「戦後、北にはホー・チ・ミンがベトナム民主共和国を建国。南は再び、事実上フランスの植民地となり……」
さっぱり頭に入ってこない歴史の授業を右から左へ聞き流し、頬杖を突きながら窓際の席の泉を振り返る。
彼は窓の外を見ていた。
ーー外に何があるんだっつの。いつも心ここにあらずっていうか……。
泉はいつも下か上か横を向いている。
だから視線が合わない。
ーー人間に興味がないってやつなのかな。でもそれを言うなら……。
「1946年、両者は統一を目指して戦争に突入し――」
今度は廊下側に座る彼に視線を移動させる。
ーーあいつもなんだよな…。
転校生の倉科暁斗は、別に泉と仲良くしたかったわけではないらしく、彼が虐められたりせず、しかも一人でいることを悩んでいないとわかるやいなや、他の生徒と同様に距離を取り始めた。
「……ねえねえ。先週、倉科君に告白したのって誰?」
後ろ席の女子が話し始めた。
「……あー、ゆかりらしいよ」
「……うっそ、ゆかり?」
紫ゆかりか。
その声に隣に座っていた沢渡がピクリと動いた。
ーーうわあ。これまためんどくさい展開……。
柿崎は目を細めた。
「……で、どうだったの?」
「……やっぱり断られたって」
紫には悪いが、その言葉に安堵する。
いくらなんでも意中の女子が倉科と付き合い始めたとしたら、沢渡をセーブできるかわからない。
「……なんか、心に決めた女性がいるってはっきり言われたらしいよ」
ーー心に決めた女性……?
柿崎は視線を倉科に戻した。
クールに見える彼からそんな“熱い”言葉が出るなんて意外だった。
前の高校の生徒だろうか。
それともこれから転校する先にいる知り合いだろうか。
ーーどっちにしろ、俺には関係ないけど。
あの中庭の一件からろくに会話もしていなかった。
柿崎は頬杖を額の方に移動すると、眠気に任せて目を瞑った。
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