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「無理して助けなくてもよかったのに」 放課後、柿崎を屋上に呼び出した倉科は、購買で一番人気のバナナクレープを渡しながら笑った。 「別に無理したわけじゃないし、助けたわけでもないし」 柿崎は口を尖らせながら言った。 「でもこれはしょうがないから貰っておいてあげる」 倉科の手からその袋をぶんどると、彼は「ふはっ」と柔らかく笑った。 「しかしよく買えたな。これすぐ売り切れるから、俺、1年の時全敗したのに」 袋を開けながら言うと、彼はアップルパイの袋を開けながら言った。 「購買のおばちゃんに『とっといて』って言っただけだけど?」 「ーーこれだから女たらしは信用できねえ……」 「なにそれ」 アップルパイをほおばる倉科を横目にクレープを口に入れる。 「てか倉科はクレープじゃないの?」 「甘すぎるのはどうも苦手で」 確かに男が食べるには甘すぎるような気もした。 「アップルパイも十分甘いと思うんですけどー」 言うと、 「アップルパイは特別」 倉科はまた微笑んだ。 「1年の時、俺サッカー部だったんだけど、試合に毎回アップルパイを作ってくれるお母さんがいてさ。口ん中の水分ぜんぶ持ってかれるからってみんなブーブー言ってたけど、めっちゃくちゃ旨いの。俺、大好きだったんだよね」 「…………」 砕けた言葉遣いに違和感を覚えた。 ーーこいつ、素はこんな話し方するやつなんだ。 前の高校で彼に何があったかわからない。 しかし、 『倉科です。よろしくお願いします』 『生物室まで案内してもらっていいかな』 『それって立派な恐喝だよね』 しゃんと背筋を伸ばして、貼りついたような笑顔で、ドラマのセリフのような言葉を吐いて。 ーーどんだけ分厚い仮面を被ってきたんだよ。 生暖かい風が、2人の髪を揺らしながら通り抜ける。 「……ん?なに?」 視線を感じたのか、倉科がこちらを見つめる。 そんな趣味は一切ないのに、柿崎は熱くなった顔をごまかすように首を左右に振った。 「夏が終わるころには、林檎クレープってのも出るんだよ。それは人気なくていつも余ってんの。倉科ならそれも好きなんじゃね?」 ーーあ。 自分で言った後に気が付いた。 夏が終わるころ―――彼はもうこの学校にはいないのだ。 「……そうなんだ」 倉科は遠い空を見ながら、 「じゃあ、買っといてもらおうかな。んで放課後、俺にちょーだい。今日みたいにさ」 倉科は微笑みながら振り返った。 本当は――覚えていた。 彼の学ランに光る金色のボタンに、城西高校の“城”という字が入っていたことを。 でも、 検索しなくても、詮索しなくてもわかる。 彼はそんなひどいことをするような奴ではない。 彼と共にアップルパイを頬張っていたであろうかつての同級生たちは、そんなこともわからなかったのだろうか。 「あれ、どうした?」 指で目を擦る柿崎を倉科が覗き込んだ。 「ーーゴミ!!」 柿崎は笑いながら答えた。
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